第215話 42段
城の真上に開いた口は、中庭のちょうど上でございました。
中庭には、井戸が1つと、櫟が1本ございます。井戸にも櫟にも、18年、誰も手を入れておりません。落ちた葉は、初めの10年だけ、わたくしが掃いておりました。
その葉の上に、白いものが11、降りました。
城に残っております者は、112人でございます。
そのうち、5日前に名をお書きになったのが、83人。厨房の者から順に、ヴェルナの帳面へ手を置きました。書けば首に線が2本入ると、全員に申し上げました。
申し上げても、83人が書きました。
わたくしも、書きました。7人分でございます。
止まり始めましたのは、昼の鐘の前でございます。
厨房の者が3人、竈の前で動かなくなりました。湯が沸いておりましたので、わたくしが火を落としました。そのとき、右の膝が内側へ入りました。
入りますと、崩れます。
崩れましたが、火は落としました。
「姉上」
広間の入口に、弟が立っておりました。
25になります。右の肩が、上がっております。わたくしと同じ癖でございます。この者は、この秋まで「魔王名代」を名乗って、麦と金と若者を集めておりました。
いまは、城の門番でございます。
「カルド。門を閉めなさい」
「閉めました。……ですが、上から来るのに、門は要るのでしょうか?」
「では、中庭の者を、屋内へ入れなさい」
カルドは、動きませんでした。
動かずに、自分の首の後ろに手をやりました。やってから、その手を下ろしました。
「僕も、書きました」
「……何人」
「40です。焼け残った絵に描いてあった村の分を、覚えている限り」
また、声が上がりました。広間でヴェルナに上げたのと、同じ高さでございます。
「なぜ、わたくしに黙って書きましたか?」
「言えば、止められますので」
「止めます」
「ですから、黙りました」
右の肩も、今度は上がったままでございます。この者は、子供の頃から、わたくしの肩が上がると黙り、黙ったあとで、同じことをもう一度いたします。
「カルド」
「はい」
「あなたは、止まります」
「止まります。……ですが、姉上も止まります」
白いものが、櫟の下を通りました。
11のうち、1つだけが棒を持っております。長さが、腕の2倍ございます。東からの報せの通りでございました。
棒を持った1体が、中庭の真ん中で、それを横に振りました。
回廊で、2人、座り込みました。
「屋根から回りなさい」
わたくしは、そう申しました。
「屋根の上に、梯子がございます。中庭へ降りず、屋根伝いに回りなさい。棒の1体は、後ろにおります」
「姉上は、どうなさいますか?」
「わたくしは、階段におります」
カルドが、走りました。
走る足音が、8年、この城で聞いた中でいちばん速うございました。18年、この城には、走る用事がございませんでした。
わたくしは、西の階段の下に立ちました。
42段ございます。
1段目で、壁を押しました。
2段目で、膝が内側へ入りましたが、そのまま上げました。3段目で右の靴が脱げ、そのまま4段目を踏みました。
5段目から先は、数えておりません。
数えますと、残りが分かります。
途中で、1度、崩れました。
崩れた先は、あとで数えましたら、13段目の角でございました。額を打ちました。血が出て、階段の石に落ちました。
8年、この石を毎日拭いておりました。
拭いた石に、自分の血を落としたのは、初めてでございます。
屋根に出ましたのは、鐘が2つ鳴ったあとでございました。
出た先に、カルドがおりました。
仰向けに倒れております。目が開いております。首の後ろに、線が2本ございました。
その横に、白いものが立っておりました。手に、棒がございます。
わたくしは、屋根の瓦の上を歩きました。
歩くというより、四つ這いでございます。膝が効きませんので、手を先に出して、身体を引いて、弟の足元まで参りました。
白いものが、こちらを見ました。
「——お書きになりましたね」
「7人分でございます」
「では、お運びいたします」
わたくしは、懐から帯を出しました。
東から回ってまいりました、字の無い紙の帯でございます。細うございます。折れば、白い粉が落ちます。
それを、棒の先へ押し当てました。
押し当てた場所で、棒が、鳴りました。
白いものが、棒を引きました。
わたくしは、その棒を両手で掴み、そのまま、屋根の下へ身体を落としました。
落ちる重さで、棒が撓い、軒の角に当たって、折れました。
わたくしは、中庭の土の上に落ちました。
落ちた場所が、櫟の下でございます。この8年、掃かずにおいた葉の上でございました。葉は、思いのほか厚うございまして、背中がそれほど痛みませんでした。
屋根の上で、弟が咳をしております。




