第213話 7本の棒
降り口は、7つ開いた。
東の空に1つ。北に1つ。西に2つ。城の真上に1つ。残りの2つは、南の谷と、聖国の方角だった。
7つだ。上に残っている座の数と、同じだった。
俺は、麦倉の前で、その7つを順に見ながら、掌の頁を開いた。9番目の欄に、4201行ある。この4201人が、いま、7つの口から狙われている。
馬が着いたのは、昼前だ。
北からだ。乗っていたのは、8つの童だった。鞍に括りつけられている。自分で乗ったのではない。誰かに乗せられ、縛られて、送り出された形だった。
俺は、その縄を切った。
鞍から下ろした。足が、震えて立たない。3日、馬の上にいた足だ。
「ミトです」
「知ってる。……水を飲め」
「さきに、言います」
この子は、紙を持っていなかった。
代わりに口を開いて、覚えてきたものを、そのまま並べた。
「棒を、折れ。人は、殴るな。……棒は、戻りません」
「グランか」
「グランさまです。……字が、書けませんので」
俺は、しばらく、何も言わなかった。
18年、あの男は俺の首を狙っていた。2度挑んで、2度逃げた。3年前には、自分の倅を7人目に出した。
その男が、自分で見つけたものを、こちらへ寄越してきている。
字が書けんから、8つの子供に覚えさせて、馬に縛って送った。
「……あいつ、何人止まった」
「200のうち、40です。わたしが出るときに、40でした」
ネフィスが、帳面を開いた。
「我が主。北へ、誰を回しますか」
「回さねえ」
「……よろしいのですか」
「あそこは、あいつの砦だ。俺が兵を入れたら、あの男は下がる。下がったら、あそこは落ちる」
「左様で。……では、西と城でございます」
俺は、7つの口を、もう一度、順に見直した。
西に2つ。あそこはザルカの領だ。あの男の帳面3冊に、4000人分の名が載っている。あの男自身の首には、まだ線が無い。
城には、ルシェがいる。8年、階段を降りなかった女だ。
聖国には、ラントとアニカがいる。南の谷には、こちらの者が誰もいない。
俺が行けるのは、1つだけだ。
「エレイ」
「はい」
「棒は、何本ある?」
「7本です。……座1つにつき、1本」
「11体で1本か」
「11は、運ぶ者です。引く者は、1体だけなんです」
俺は、顔を上げた。
11のうち10は、ただの荷役だ。線を引けるのは1体。その1体が、棒を持っている。
グランは、それを、殴りながら見つけた。
「作れるのか、その棒は?」
「上の紙で作ります。……紙は、いま、9番目の欄に持っていかれてるんです」
「俺が持ってる分か」
「4201行の頁が、それです」
俺は、掌の頁を見た。
紙だ。上の紙だ。この紙から、あいつらは棒を作る。その材料を、俺が握っている。
7本折れば、当分、新しいのは作れねえ。
「7本だ」
「はい」
「1本ずつ折って回るには、日が足りねえな」
リィナが、立ち上がった。
麦倉の壁に凭れていたのが、剣を持って、こちらへ来て、7つの空を見上げた。
「わたしが、1つ行きます」
「あんた、折れるのか」
「刃は、あります。……折れるまで、叩きます」
「止まるぞ。あんたの首にも、線が2本ある」
「止まったら、そこで終わりです。終わるまでは、動きます」
俺は、その言い方に、返す言葉を探したが、見つからなかった。この娘に、下がれと言ったことは、2年で4度ある。4度とも、下がらなかった。
代わりに、俺は、頁を破った。
音を聞いて、全員が俺を見た。
破ったのは、端だ。字の無いところを、細く1本、帯のように裂いた。それを、リィナの掌に置いた。
「上の紙だ。持ってろ」
「これは、何ですか?」
「知らねえ。……だが、あっちの道具はこれで出来てる。同じものを持ってりゃ、向こうも困る」
「困りますか」
「困らなかったら、殴れ」
俺は、同じものを、あと7つ作った。
ネフィスに1つ。ヴェルナに1つ。ザルカに1つ。ルシェへ回す分を1つ。北へ持たせる分を1つ。聖国のラントへ1つ。
最後の1枚を、俺は持たなかった。
持たずに、アステリアの方へ差し出した。
「あんたのは、要らねえかもしれねえが」
「……わたしは、翼があります」
「そうじゃねえ。あんたは、もう俺の欄の中だ」
アステリアは、その帯を受け取った。
自分の掌の上で、一度だけ折った。丁寧な折り方だった。折れたところから、白い粉が少し落ちた。
「あなた」
「なんだ」
「7つのうち、どれへ行かれますか?」
「どれにも行かねえ」
俺は、上を見た。
7つの口が、まだ開いている。そのいちばん東のものに、俺の楔が刺さったままだ。閉じ切れずに、軋んでいる。
下で7本折っても、また作る。その出どころを潰さねえと、終わらねえ。
潰す先は、下じゃねえ。




