↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
212/300

第212話 道具の方は

最初に倒れたのは、門の上にいた3人だった。


矢を番(つが)えたまま、動かなくなった。指が弦から離れない。目は開いている。首の後ろに、線が2本あった。


俺は、その2本を知らん。


だが、砦の者の首に、いつ線が入ったのかは知っている。5日前だ。城から回ってきた紙に、名を書いた者がいる。北の村の分を、うちの兵が200ほど書いた。


書いた者から、止まっている。



「下がれ」


壁の上の者に、そう言った。


下がらん。俺が18年、下がるなと言い続けてきた。都合のいいときだけ聞かせるわけにはいかん。


「命令だ。書いた者は、下がれ」



11が、地に降りた。


降り方が、静かだった。膝を使わん。足の裏が土に着く前に、もう立っている。


肩が張っている。手に、腕の2倍ある細長いものを持っていた。先が細い。穂先ではなかった。もっと、筆に近い。


先頭の1体が、それを横に振った。



壁の上で、2人が座り込んだ。


斬られてはいなかった。血も出ていない。座り込んで、そのまま止まった。首の後ろを見るまでもない。


あれは、得物ではなかった。


線を引く道具だ。



俺は、壁を降りて、左手で戦鎚を回した。右は使えん。18年、両手で振ってきた得物を、片手で振るのは、ひと月目だ。ひと月やれば、片手でも当たる。


先頭の1体の前に出た。


「何をしに来た」


「——欄の中身を、回収(かいしゅう)に参りました」



声が、上のものだった。


ただし、数える者の声ではない。読み上げの抑揚でもない。もっと短い。用件だけを言う声だ。


「回収というのは、何だ?」


「線を2本お持ちの方は、上の都合で止まります。止めた者を、順に上へ運びます」


「運んで、どうする?」


「9つ目の欄が、下にございます。中身が下にある限り、帳が閉じません。……中身を上へ戻せば、閉じます」



ようやく合点がいった。あいつらは、名簿を取り返しに来たのではなかった。人を取り返しに来ている。


4200人分だ。


「この砦に、200しかおらんぞ」


「200から、始めます」



俺は、戦鎚を振った。


左だ。腰から上へ、下から掬い上げる形で振った。当たった。手応えが、藁(わら)に近い。


白いものが、10歩飛び、土の上で1度跳ねて、それから、立ち上がった。潰れてはいなかった。形が、少し崩れただけだ。


そこも、すぐに戻った。



「効かんか」


「わたくしどもは、数えられません」


「数えられん者は、殴られもせんのか?」


「殴られます。……戻るだけでございます」



俺は、2度目を振った。


同じところへ入れた。同じように飛んで、同じように戻った。3度目で、俺の肩が鳴った。18年両手で振ってきたものを左だけで振ると、そこが先に鳴る。


その間に、また2人、座り込んだ。



「グランさま」


後ろで、声がした。


8つの童が、石垣の陰から出てきていた。俺の横まで来て、白いものの方を見ていた。


「戻れ」


「……あれは、わたしを見ていません」



俺は、その言葉で、手が止まった。


この子は、数に入っていない。上の紙に、そう書いてあった。数に入っていない者は、あいつらの帳にも載らん。だから、見えん。


見えんなら、近づける。


近づいて、あの細長いものを取れる。



ミトが、一歩出た。


俺は、左手を離した。戦鎚が土に落ちた。空いた手で、この子の襟を掴んで、後ろへ引いた。


その勢いで、ミトが転んだ。


そのまま、こちらを見上げた。顔が、怯えていなかった。それが、いちばん悪い。


「出るな」


「でも、わたしなら」


俺は、もう一度、同じ3文字を言った。



3年前、俺は倅を出した。


7人目だ。うちから出す番だった。字が書けるのはあいつだけで、名簿の7行目に、あいつが自分の名を書いた。俺が書かせた。


その紙に、5文字が返ってきたのが、今日の昼だ。


歩いてる。



「グランさま。……はなしてください」


「離さん」


「みんな、止まります」


「止まる」


襟を掴んだ俺の手の下で、外套の裾が引かれた。


「わたしが行けば、止まりません」


「それでも、出さん」



俺は、この子の襟を持ったまま、膝(ひざ)をついた。


力が抜けたのではない。目の高さを合わせて、言った。こんな喋り方を18年していなかったと、言ってから気づいた。


「お前を出したら、明日、読む者がおらん」



ミトは、そこで、口を閉じた。


俺の手の下で、外套の裾を握った。指が、白い。



俺は、立ち上がった。


戦鎚を拾って、先頭の1体ではなく、その後ろの1体を見た。細長いものを、脇に抱えている。


殴って戻るなら、殴る先を変えればいい。


俺は、白いものではなく、そいつの持っている棒を狙った。



左で、真横から入れた。


棒が、真ん中から折れた。


その瞬間に、壁の上で、座り込んでいた1人が、息を吸った。


道具の方は、戻らん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。