第212話 道具の方は
最初に倒れたのは、門の上にいた3人だった。
矢を番えたまま、動かなくなった。指が弦から離れない。目は開いている。首の後ろに、線が2本あった。
俺は、その2本を知らん。
だが、砦の者の首に、いつ線が入ったのかは知っている。5日前だ。城から回ってきた紙に、名を書いた者がいる。北の村の分を、うちの兵が200ほど書いた。
書いた者から、止まっている。
「下がれ」
壁の上の者に、そう言った。
下がらん。俺が18年、下がるなと言い続けてきた。都合のいいときだけ聞かせるわけにはいかん。
「命令だ。書いた者は、下がれ」
11が、地に降りた。
降り方が、静かだった。膝を使わん。足の裏が土に着く前に、もう立っている。
肩が張っている。手に、腕の2倍ある細長いものを持っていた。先が細い。穂先ではなかった。もっと、筆に近い。
先頭の1体が、それを横に振った。
壁の上で、2人が座り込んだ。
斬られてはいなかった。血も出ていない。座り込んで、そのまま止まった。首の後ろを見るまでもない。
あれは、得物ではなかった。
線を引く道具だ。
俺は、壁を降りて、左手で戦鎚を回した。右は使えん。18年、両手で振ってきた得物を、片手で振るのは、ひと月目だ。ひと月やれば、片手でも当たる。
先頭の1体の前に出た。
「何をしに来た」
「——欄の中身を、回収に参りました」
声が、上のものだった。
ただし、数える者の声ではない。読み上げの抑揚でもない。もっと短い。用件だけを言う声だ。
「回収というのは、何だ?」
「線を2本お持ちの方は、上の都合で止まります。止めた者を、順に上へ運びます」
「運んで、どうする?」
「9つ目の欄が、下にございます。中身が下にある限り、帳が閉じません。……中身を上へ戻せば、閉じます」
ようやく合点がいった。あいつらは、名簿を取り返しに来たのではなかった。人を取り返しに来ている。
4200人分だ。
「この砦に、200しかおらんぞ」
「200から、始めます」
俺は、戦鎚を振った。
左だ。腰から上へ、下から掬い上げる形で振った。当たった。手応えが、藁に近い。
白いものが、10歩飛び、土の上で1度跳ねて、それから、立ち上がった。潰れてはいなかった。形が、少し崩れただけだ。
そこも、すぐに戻った。
「効かんか」
「わたくしどもは、数えられません」
「数えられん者は、殴られもせんのか?」
「殴られます。……戻るだけでございます」
俺は、2度目を振った。
同じところへ入れた。同じように飛んで、同じように戻った。3度目で、俺の肩が鳴った。18年両手で振ってきたものを左だけで振ると、そこが先に鳴る。
その間に、また2人、座り込んだ。
「グランさま」
後ろで、声がした。
8つの童が、石垣の陰から出てきていた。俺の横まで来て、白いものの方を見ていた。
「戻れ」
「……あれは、わたしを見ていません」
俺は、その言葉で、手が止まった。
この子は、数に入っていない。上の紙に、そう書いてあった。数に入っていない者は、あいつらの帳にも載らん。だから、見えん。
見えんなら、近づける。
近づいて、あの細長いものを取れる。
ミトが、一歩出た。
俺は、左手を離した。戦鎚が土に落ちた。空いた手で、この子の襟を掴んで、後ろへ引いた。
その勢いで、ミトが転んだ。
そのまま、こちらを見上げた。顔が、怯えていなかった。それが、いちばん悪い。
「出るな」
「でも、わたしなら」
俺は、もう一度、同じ3文字を言った。
3年前、俺は倅を出した。
7人目だ。うちから出す番だった。字が書けるのはあいつだけで、名簿の7行目に、あいつが自分の名を書いた。俺が書かせた。
その紙に、5文字が返ってきたのが、今日の昼だ。
歩いてる。
「グランさま。……はなしてください」
「離さん」
「みんな、止まります」
「止まる」
襟を掴んだ俺の手の下で、外套の裾が引かれた。
「わたしが行けば、止まりません」
「それでも、出さん」
俺は、この子の襟を持ったまま、膝をついた。
力が抜けたのではない。目の高さを合わせて、言った。こんな喋り方を18年していなかったと、言ってから気づいた。
「お前を出したら、明日、読む者がおらん」
ミトは、そこで、口を閉じた。
俺の手の下で、外套の裾を握った。指が、白い。
俺は、立ち上がった。
戦鎚を拾って、先頭の1体ではなく、その後ろの1体を見た。細長いものを、脇に抱えている。
殴って戻るなら、殴る先を変えればいい。
俺は、白いものではなく、そいつの持っている棒を狙った。
左で、真横から入れた。
棒が、真ん中から折れた。
その瞬間に、壁の上で、座り込んでいた1人が、息を吸った。
道具の方は、戻らん。




