↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
211/300

第211話 あるいてる

石を積むのは、左だけでやる。


右は、肩から下が灰だ。触れば崩れる。戻りはしない。書記を1つ殴って、代わりに腕を1本置いた。安い買い物だった。


1段目は、斜めに寝かせる。


ヴァルゼードの積み方だ。18年前、あの男が砦の下で組んだ壁が、いまも1つだけ残っている。俺は、その壁の通りに積ませている。


今日で、11段目だ。



日の高いうちに、門(もん)の方で声がした。


戻ってきたのは、8つの童(わらべ)だ。外套の裾が泥で重くなっている。この子は、走ると必ず左足の方から汚す。


「グランさま」


「戻ったか」


「戻りました」


「腹は」


「減りました」



先に食わせた。


粥を1杯、それから塩の乗った麦を半分。全部やると、この子は食べきらずに残して、後で誰かに分ける。相手は、たいてい厩の犬だ。


食い終わるのを待って、俺は石の上に座った。


「紙は、あるか」


「あります」



ミトが、外套の内から紙を出した。


四つに折ってある。俺は、それを左手で受けて、広げた。


俺には読めん。


字は、18年、倅(せがれ)が書いていた。読む方も倅がやった。名簿に何人載っているかを、俺は口で覚えている。


「読め」


「読みます」



ミトが、紙を両手で持ち、少し口を動かしてから、声を出した。読むのが速くない。1文字ずつ、指で押さえながら読む。


「あ、る、い、て、る」


「それだけか?」


「それだけです。……ほかに、字はありません」



膝の上の石を、そのまま下ろした。下ろしたつもりが、落とした。石が、11段目の角を欠いた。


その角を、俺は暫(しばら)く見ていた。


3年前、倅の名を書かせたのは、俺だ。字が書けるのは、あいつしかいなかった。7人目に、あいつが自分で自分の名を書いた。


それで、白いところへ出された。


「歩いてる、というのは、何だ?」


「わかりません」


「誰が寄越した?」


「ヴェルナさまです。……東から、馬で3日かかりました」



俺は、立ち上がった。


欠けた石を拾って、積み直した。角の欠けた面を、内側へ向けて置いた。外からは見えん。


見えんが、俺は知っている。


「ミト」


「はい」


「もう一度、読め」


「あ、る、い、て、る」



3度読ませた。


3度目で、この子は、読む速さが上がった。8つでも、3度読めば覚える。


俺は、覚えられなかった。


18年、名簿の字を1つも覚えなかった。気がなかったのとは違う。覚えたら、出す数を自分で書くことになる。


書かずに済ませたのは、俺の都合だ。



「グランさま。お顔が」


「なんだ」


「……右の方が、赤いです」


「火傷だ」


「火傷は、反対側です」



俺は、頬に手をやった。


この子に見られていることに気づいて、手を下ろした。その手で、次の石を持った。


「積め」


「積みます」



空が変わったのは、その日の夕方だ。


北の砦は、谷の口に建っている。そこからは、空が細長く見える。その空の真ん中が、明るくなった。


線ではなかった。面だ。空が、横に開いた。口の縁が白い。



俺は、左手で戦鎚を取った。


砦の者に下がれと言ってから、壁の上へ出て、開いた口を見上げた。


降りてくるのは、数える者ではなかった。



白い。だが、形が違う。


肩が張っている。手に、細長いものを持っている。あれは筆でも紙でもなかった。長さが、腕の2倍ある。


数えて、11。


11が、横に並んで降りてきた。



その並び方を見て、腹の底が冷(ひ)えた。あれは、列を組んで降りている。列を組む者は、数えに来たのではない。


18年、あいつらは紙を持って来た。


今日は、持っていない。


紙を持たん相手には、こちらも名簿を出さん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。