第208話 番号じゃねえ方
6日目に、欄が4200に届いた。
書いた手は、311ある。1つの手で、多い者は1400、少ない者は3つ書いた。書いた者の項には、線が2本入る。何人書いても、本数は増えない。
確かめたのは、ネフィスだった。
「線は、2本で打ち止めでございます。……何人お書きになっても、同じでございます」
「割がいいな」
「左様で。……ですので、書ける者が、書ける分だけ書いております」
空の読み上げは、4日目から、空振りになった。
読む。名を読み、年を読み、住んだ場所まで読む。終わる前に声が途切れて、また最初から読み直す。
それでも、同じところで止まる。
「あれは、何をしてるんだ」
「読めないものを、読もうとしております」
「壊れるぞ」
「壊れるまで、続けるかと存じます」
7日目の昼に、空が割れた。
線ではなかった。横に裂けている。その口から、白いものが1つ、落ちてきた。
落ちたというより、墜ちてきた。
麦倉の屋根を突き抜けて、土に半分埋まった。周りに、土が1尺跳ねた。
俺は、その穴の縁に立った。
下を見た。白いものが、穴の底で立ち上がろうとしていた。下手だった。膝の使い方を知らない者の立ち方だ。
輪郭が、滲んでいる。
正す者は、輪郭がはっきりしている。この1つは、端が定まらない。煙に近い。
「8番目か」
「——左様」
声が、上から来なかった。
真正面から来た。喉を使って喋る声だ。数える者の声とも、1番の声とも違う。この声は、覚えたものを口から出していない。喋りたいことを喋っている。
「名を削ったな」
「削りました。……座を捨てないと、降りられないんで」
「セレスティアと同じだな」
「同じです。……あの方は、18年、岩に足を取られておいででした。自分も、そうなります」
この連中が、どこまで払う気なのかが分かった。18年前、こいつらは1つ足りない数を埋めるために、俺を品にした。
いま、1つの座を捨てて、降りてきている。
上は、7つになった。
「割に合わねえだろう?」
「合いません。……でも、閉じないと、終わらないんで」
白いものが、穴から上がってきた。
そして、俺の前に立った。背は、俺より低い。膝から下が、もう色を変え始めていた。岩の色だ。
手だけが、白いままだった。
「欄を、見せてもらいます」
「断る」
「自分は、もう、正す者じゃありません。名が無いんで、数えられません。……でも、手はあります」
俺は、掌の頁を懐へ入れた。
途端に、相手が動いた。速い。だが、真っ直ぐだ。読み上げしか知らない者の動き方だった。
俺は、闇魔法の陣を1枚、間に立てた。
抜かれた。
2枚目を重ねた。止まらない。3枚目で、ようやく速さが落ちた。そこで、白い手が、俺の懐へ伸びた。
俺は、その手首を掴んだ。
冷たい。それに、脈が無い。小屋の若いのを掴んだときとは、まるで違った。
「これは、あんたの数に入らねえのか?」
「入りません。数えられぬ者は、どこにも入りません」
「都合がいいな」
「仕組みは、都合で作ります」
俺は、そこで笑った。
1番と、同じ台詞だ。この連中の台詞は、覚えたものから出てくる。名を削っても、そこは変わっていない。
なら、まだ覚えていることがある。
「あんた、名を削る前は、何と呼ばれてた」
白い手の力が、わずかに緩んだ。
答えを探している。なら、ある。削ったのは名であって、呼ばれた記憶ではない。
18年前、俺は同じことをされた。
番号で呼ばれた。7番だ。俺は、答えなかった。
「言えねえのか」
「……8番でございます」
「番号じゃねえ方だ」
「ございません」
「あんた、いま、探しただろう」
俺は、掴んだ手首を引いた。
そして、その手を、懐の頁の上に押しつけた。こいつは、欄に触りたがっていた。
触れば、書ける。
要るのは、名ではない。手だ。
「書け」
「……何を」
「あんたのだ」
白いものが、初めて、後ろへ下がろうとした。
できなかった。俺の方が、手首を握っている。そのまま、頁を相手の掌の下に置いた。
「名がねえと言ったな。無えなら、いま作れ」
「作ると、どうなるんです?」
「俺の欄に入る」
「……入れば、読まれません」
「読まれねえ。数えられねえ。あんたら、それを、18年やってきたんだろうが」
白いものは、動かなかった。
自分の掌の下の頁を見ていた。その間に、膝から下の岩が、脛の半ばまで上がってきた。
それを、こいつは止められない。
そういうものを抱えた者を、俺は何人か知っている。
「1番は、閉じれば終わると言った」
「言いました」
「終わったら、あんたはどこへ行く」
「……前例が、ございません」
村の正す者も、同じ言い方をした。




