第204話 いただきます
村へ戻ったのは、昼を過ぎてからだった。
6枚で縁を引き出して、跨いだ。峠の下の道に出た。東からここまで、半日かからない。その半日で、俺の項の2本目は、指の幅の3分の2まで伸びていた。
広場に、8人が立っている。
昨日と同じだ。目は開いている。誰も動かない。その周りに、村の者が藁を積んでいた。夜の冷えを防ぐためだ。積み方が、丁寧になっている。
3日で、この村は、止まった者の世話を覚えた。
ヴィントが、走ってきた。
「ゼノ様。……お戻りに」
「リィナは」
「今朝、出られました。東です」
「歩きか」
「はい。アステリア様を、背負って行かれました」
俺は、東の空を見た。
背負って半日だ。リィナの足なら、夕方には着く。その頃には、俺はここにいる。すれ違いだ。
俺が、言わずに出た。
「……手間かけさせやがる」
「追われますか?」
「いや」
石垣の上に、銀髪の女が座っていた。
昨日と同じ場所だ。右の足にだけ靴を履いている。膝から下の色は、昨日より薄い。18年、岩だった分が、日に当たって戻りかけている。
俺は、その前に立った。
「訊きたいことがある」
「お立ちのままで、どうぞ」
「上がる道だ」
セレスティアは、すぐに答えなかった。自分の右の靴を見ていた。
「降りる方は、ございます。階を作れば、誰でも降りられます。……上がる道は、1つしかございません」
「言え」
「品として、運ばれることでございます」
18年前の回廊を思い出した。白い床だ。俺は自分の足で歩いた。歩かされたのではない。品として出されると決まった日に、自分で歩いた。
あれが、上がる道だった。
「品には、何が要る」
「渡す者と、受け取る者でございます」
「両方いなきゃ、駄目なのか?」
「片方だけでは、荷でございます。荷は、届きません」
俺は、掌を開いた。
6枚が乗っている。この6枚で、界の縁は開く。人が通る幅まで開く。だが、上へは行けない。上は、界の横ではなく、上にある。
「受け取る側は、あんたか」
「わたくしは、名を削りました。削った者は、受け取れません」
「じゃあ、誰だ」
セレスティアは、そこで、初めてこちらを見た。
「一昨日の夜、お名乗りになりましたね」
「……あぁ」
「どなたに」
「あんたの娘だ」
「あの子は、何と申しましたか」
俺は、そこで口を閉じた。
思い出した。あのとき、娘は、手を出した。何も乗っていない手を、俺の方へ出して、こう言った。
——いただきます。
「……受け取ります、とは言わなかった」
「同じでございます。天界では、そう申します」
腹の底が重くなった。18年前、あれは名を訊いた。答えを聞く前に、俺は落ちた。母親が消した。
一昨日の夜、俺は同じ相手に名乗った。今度は、誰も消さなかった。
この女は、火の向こうに立って見ていながら、何もしなかった。
「あんた、止めなかったな」
「止めません」
「なんでだ?」
「18年前に、1度止めました。……同じことを繰り返せば、18年前のわたくしが正しかったことになります」
「あいつは、知ってて受け取ったのか」
「存じております。あの子は、3年、この界で調べておりました」
「何をだ」
「品の渡し方でございます」
俺は、広場の方を見た。
8人が立っている。藁が積まれている。村の者が、椀を持って、止まった者の口の前まで運んでいた。飲めないと分かっていて、運んでいる。
こういうことを、人間はやる。
その側に、俺は18年、いなかった。
「……あいつは、俺を上へ運ぶ気か」
「運びます」
「運んだ先で、どうなる」
「品は、数えられます。……数え終われば、その場で、欄から出ます」
俺は、初めて分かった。
俺の欄には、204入っている。俺が数えられれば、欄の中身も一緒に片付く。上は、それで204を埋める。東の1万1000には、指1本触れずに済む。
これが、8番目の待っている形だ。
そこへ、あの娘が、自分から運んでいく。
「話にならねえな」
「ならない、と仰いますか」
「あいつが受け取り手なら、数えられるのは俺だけじゃねえ」
セレスティアは、目を伏せた。
睫毛が、長かった。娘の睫毛と同じ形だ。
「……左様でございます。受け取った者も、同じ欄に入ります」
「知ってて、止めなかったのか」
「止めません。……代わりに、わたくしが渡す役をいたします」
20年前の聖国の話を思い出した。あの国へ受け取りに行った者がいる。膝から下が石の色をしていて、右だけ靴を履いていた女だ。
あのときは、10歳の娘を1人、受け取る側だった。
今度は、同じ女が渡す側に立つ。




