第202話 横の方を
西の階段は、42段ございます。
わたくしは、8年、この段数を数えて過ごしました。数えるだけでございます。降りたことはございません。用もございませんでしたので。
今朝は、3段、降りました。
右の手で壁を押しながらでございます。押さねば、膝が内側へ入って、次の段で崩れます。昨日で、3度崩れました。
広間に、ヴェルナがおりました。
卓の上に、紙を並べております。見れば、決める前か後かが分かります。この者は、決める前は縦に並べ、決めた後は横に並べます。
横でございました。
「ヴェルナ」
「……ルシェ様。降りてこられましたか」
「3段でございます。……その紙で、何をお決めになりましたか」
「202人を、東へ送ります」
わたくしは、いちばん下の段に立ったまま、卓へ手を伸ばしました。
紙を1枚取りました。手が震えましたので、卓の縁に置いて読みました。行き先は、東の領の3つの村でございます。麦の分配の割り振りまで書いてございました。
「東は、いま、数えられております」
「承知しております」
「数えられている場所へ、陛下の欄の者を202人、まとめて送るのですか」
「送ります」
「なぜですか?」
「まとめておけば、こちらで守れます」
声が高くなるのが、自分で分かりました。8年、誰も聞いていない場所で出していた声です。
「守れませんでした」
「ルシェ様」
「あなたは、18年、外を歩いておいででした。……その間に、この城で何人死んだかを、ご存じですか?」
「存じません」
「411人でございます」
ヴェルナは、紙から顔を上げませんでした。
右の袖を、少し引きました。この者は、痛いところを突かれたときに、必ず袖を直します。18年、直し方が変わっておりません。
「411のうち、何人が、城の者ですか」
「……全員でございます」
「では、それは、わたしの数ではございません」
「わたくしの数でございます。ですから、申し上げております」
わたくしは、右の肩が上がっているのに気づきました。
けれど、下ろしませんでした。下ろせば、声も下がります。そうなれば、この者は、わたくしの言うことを、いつものように書き留めて終わりにいたします。
「陛下は、18年、この城におられませんでした」
「はい」
「わたくしは、その間、1度も外へ出ておりません。……出なかったのは、出れば、帰ってこられたときに、誰もいないからでございます」
「存じております」
「存じておいでなら、なぜ、202人を外へ出すのですか」
ヴェルナが、そこで、初めてこちらを見ました。
黒髪を、この者はいつも左でまとめます。その側の肩が、わずかに前へ出ておりました。
「わたしは、城で待って、間に合わなかった者を知りません」
「……何を仰います」
「わたしが知っているのは、探しに出て間に合わなかった者でございます。ですから、外へ出す方を選びます。……ルシェ様が城に置けと仰せなら、そちらも書きます」
「どちらでも書くのですか?」
「どちらも、書きました。縦の方に、置く分がございます」
わたくしは、卓の反対の端を見ました。
縦に並んだ紙が、7枚ございました。城に置く場合の割り振りでございます。部屋の数まで書いてございました。
この者は、2つとも作っておりました。
そのうえで、横の方を上に置き、わたくしが降りてくるのを待っておりました。
「……ヴェルナ」
「はい」
「わたくしに、選ばせるおつもりでしたか」
「8年、この城の埃を払っておいでだったのは、ルシェ様でございます」
広間の入口で、音がいたしました。
背の高い男が立っておりました。肩が広く、脹脛が太うございます。手に、麦の袋を1つ提げておりました。
ザルカでございます。
「東へ、俺が行く」
「ザルカ殿」
「6年前、東に1袋も入れなかった。……あのとき数え損ねた行を、上が使ってるそうだな」
わたくしは、この男の顔を見ました。
この者が、昨夜から眠っていないのが分かりました。目の下が窪んでおります。髪は自分で切りますので、いつも右側が短うございます。今朝は、両側とも短うございました。
「どなたから、お聞きになりましたか?」
「ネフィスからだ。帳面の頁が1枚、裂け目から落ちてきた。ドランのことも書いてある」
「ドラン殿は、ご無事でございますか」
「首に、線は無えとさ。……代わりに、飲んだ奴に1本入ってる」
わたくしは、手の中の紙を、卓に置きました。
それから、壁を押して、最後の1段を降りました。そこが、広間の床でございます。8年ぶりに、わたくしの両足が、同じ高さに揃いました。
そうして、印を出しました。
「ヴェルナ。横の方を、お出しなさい」
「承知いたしました」
「202人は、東へ。……ザルカ殿と、一緒に参ります」
わたくしは、紙に印を押しました。
手は、まだ震えております。それでも、字は歪んでおりません。




