↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
193/300

第193話 床を踏んだ

堂の扉を開けさせたのは、ラントだった。


俺が開けろと言ったのではない。あの男が、202人の前に立って、扉の方を指して、こう言った。


「外の明るさに、慣れておいた方がようございます。……3年、明るくも暗くもない場所におりましたので」


扉が開いて、光が入った。


その光の中へ、202人が出ていった。外は、聖都の広場だ。朝の市が立つ時刻で、人が多い。その人混みへ、3年前の服を着た者が、並んで出た。


広場が、静かになった。


そこへ、年寄りが出てきた。


祭服の裾を持ち上げて、階段の上に立って、両手を広げた。その形で、何を言うつもりかが分かった。


「奇跡と言うなよ」


俺は、そう言った。


年寄りは、手を下ろさなかった。


俺の方へ、顔だけ向けた。


「では、何と申せばよろしいので」


「帳尻だ。あんたらが20年、帳尻を合わせた。その分が、今日、歩いて返ってきた。……それだけだ」


「民は、その言い方では、跪(ひざまず)きません」


「跪かせてえのか?」


「跪く者は、数を出しませんので」


この年寄りが20年やってきたことが、ひと繋がりに見えた。跪かせて、静かにさせて、その間に1人ずつ渡す。渡した分を、奇跡で埋める。


ラントが、階段の下から、こちらを見上げた。


何も言わない。俺の口から順番が出るのを待っている。3年、白い場所で順番を覚えていた男だ。


俺は、階段を降りた。


「あんたが仕切れ」


「……わたくしがでございますか」


「202人の順を覚えてるのは、あんただけだ。行き先も、順に訊いていけ」


「訊いて、どういたしますので?」


「帰るなり、残るなり、勝手に決めさせろ」


ラントは、そこで少し黙った。


それから、袖の中で握っていた指を、外へ出した。その腹に、筆の胼胝がある。18年、名簿を書いた指だ。


「名簿を、また書くことになりますな」


「今度は、行き先の方だ」


俺は、アニカの方を見た。


白い外套の娘は、階段の途中に立っていた。裸足のままだ。誰も、この娘に靴を出さない。20年、そういう扱いをしてきた者しか、この国にいない。


「あんたは、どうしたい?」


娘は、答えなかった。


階段の石を、足の裏でもう一度探った。それから、広場の人を見た。人が、こちらを見ている。誰も、名を呼ばない。この広場に、あの名を知る者はいない。


「わたしは、まだ、決められません」


「なら、決めるな」



俺は、それだけ言って、広場の端へ歩きながら、掌を開いた。6枚が、まだ乗っている。落ちてから一度も崩していない。この級に届いた者でなければ、こうは持っていられない。


界の切れ目を探した。


聖都の地面には、無かった。


ここは、界の真ん中だ。境は、端にある。谷と、ラセルと、ローデン砦。俺が知っている3点は、どれも遠い。


だが、もう1つある。


閉じ切っていない穴が、1つだけある。


8年前に鍛冶の者が開けて、拳2つ分のまま縮み切らなかった穴だ。あれは、こちら側から押さえが利いている。なら、こちらからでも見つけられる。


俺は、闇を1枚、地面に伏せた。



闇が、西へ滑った。


少し行って、止まった。何も無い。なのに、その場所だけ、温度が2度低い。ルシェの踝(くるぶし)で触ったのと同じ冷たさだった。


穴は、場所ではない。縁だ。縁は、どこにでも引き出せる。


2枚目を重ねた。3枚目を重ねた。


4枚で、地面に円が浮いた。拳3つ分だ。城で試したときと同じところで、止まった。あのときは、ここまでだった。


俺は、5枚目を置いた。


円が、開いた。


肩の幅になった。6枚目を置いたところで、縁が、人の通る形になった。開いた縁の内側が、白くない。向こう側の石が、直接見えている。


階段だ。


後ろで、足音がした。


振り返ると、エイドリクが立っていた。片手に、さっき自分の名を書いた紙を持っている。折らずに、そのまま持っていた。


「どこへ行かれる?」


「魔界だ」


「……お連れいただけるか」


「あんた、異端だろう?」


「はい。ですので、この国に用がございません」



俺は、その言い方に、少し笑った。


それから、円の方へ顎を向けた。この男が来ようが来まいが、俺の都合は変わらない。


「1歩目で吐くぞ」


「吐きます」


俺は、円を跨いだ。


その間に、掌の頁を握り直した。202人の名は、どれも欄に載ったままだ。身体だけが、広場の石の上を歩いている。跨ぐ間に何を握っているか——セレスティアは、そう言っていた。


向こう側に、石の段があった。



見覚えのある段だ。4段目に、女が座っている。


銀髪だ。片方の足を投げ出して、もう片方を膝(ひざ)の上に載せている。その足を、掌で撫でていた。8年、誰も見ていないはずの撫で方だった。


女が、顔を上げた。



その目が、俺を見た。


何も言わずに、自分の足の甲を、もう一度だけ撫でた。それから、その足を下の段へ下ろした。


段に、着いた。


8年ぶりに、この女の足の裏が、石を踏んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。