↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
188/300

第188話 202

「落とせ」


1番は、答えなかった。4つが同時に、こちらへ半歩寄った。動きが揃いすぎていて、4つで1つの生き物に見えた。


「その前に、聞くことがある」


「伺います」


「欄には、何人書ける?」



「決まっておりません。欄の広さは、就いた者の器で決まります。……あなたの器は、いま、7でございます」


「7人ってことか?」


「いいえ。7の器が保てる分でございます。数までは、わたくしどもも確かめたことがございません」


俺は、9枚目の頁に手を置いた。


掌の下が、温かい。字が2つ載っているだけの白い頁が、人の肌ほどの温度を持っていた。18年、ここは空欄だった。それが、いま、誰かを入れるために温まっている。


「白い場所に、202人いるな」


「おります」


「あれを、ここへ入れる」


4つのうち、端の1つが、初めて音を立てた。


布の擦れる音だ。驚いた、という以外に取りようがない。1番は、その方を見もせずに、俺に向かって口を開いた。


「あの者たちは、数え終わっております」


「終わってると、どうなるんだ?」


「首の後ろに、線が2本ございます。2本目は、上で引かれました。……下から触れることは、できません」


「俺は、下じゃねえ」


1番が、黙った。


さっきと同じだ。出す順を探している。その間に、俺は9枚目の頁の、名が2つ並んだ下を、指で押した。


押した場所が、下へ伸びて、頁が長くなった。空いた白の上に、線が引かれていく。誰も書いていない。俺が押した分だけ、欄が自分で行を作っている。10行。20行。目で追うのをやめた頃には、白がずっと下まで続いていた。


「……止めてくださいませ」


「止めたら、何人残る?」


「残りません。あの者たちは、もう数え終わっております」


「終わった奴は、どこへ行く?」


「閉じた帳の外でございます」


1番の声に、初めて、抑揚があった。この者は、その先を見たことがある。


「外で、何がある?」


「何もございません。……数えられないものは、有るとも無いとも申しません」



白い場所で202人がどう立っていたかを思い出した。全員、別々の方を向いていた。1人だけ、こちらを向いていた。あの男は、3年、線の向きだけを見ていた。


見ていたものが、この先には無い。


「入れる」


俺は、そう言った。


「1人ずつ読むのは、手間だな。まとめて数える」


「数えれば、あなたが——」


「あぁ」


1番が言葉を切ると、4つが一斉に半歩下がった。止めることを、諦めたのではない。この者たちは、正す役だ。正す相手が同輩になったとき、下がる以外の作法を持っていない。


俺は、掌(てのひら)を頁に伏せて、白い場所を見た。見えた。厚(あつ)みの中にある。202人が、別々の方を向いて立っている。順は、あの男が覚えている。


「ラント」


呼んだ名が、届いた。


202人の中で、1人だけが首を回して、こちらを見上げた。口が動いた。今度は、聞こえた。


「……1人ずつでございますか」


「まとめてだ。……そっちの順で頼む」



男は、順を言い始めた。


村(むら)の名から始まった。年の順ではない。着いた順だ。3年前に自分が並んだ列の、前と後ろを、この男は全部覚えていた。名を1つ言うたびに、白い場所で1人が首を回した。


その者から、9枚目の頁へ、静かに入っていった。


字は浮かない。行の上に、名が置かれる。その分だけ、欄が下へ伸びる。速さが、男の読む速さと同じだった。


俺は、その間、頁に掌を伏せたまま、何もしなかった。


68人目で、掌が熱くなった。


120人目で、腕が痺れた。


170を越えたところで、頁の縁が、俺の指の皮を焼いた。その下から、18年閉じなかった傷と同じ色のものが出てきて、欄の縁へ染みて、行の間を少し広げた。



201人目を言って、男は止まった。それから、もう一度、こちらを見上げた。


「……最後の1人は、わたくしでございます」


「順のとおりでいい」


「では、順(じゅん)に」



男が、自分の名を言った。


その瞬間に、白い場所から、人の形が全部消えた。あとに、何も残らなかった。そこは元から、通り道でしかない。


9枚目の頁に、名が204並んだ。



俺は、掌を離した。


震えていた。止めるのに、少し時間がかかった。それから、1番を見た。


「落とせ」



「承知いたしました」


1番は、少し間を置いてから、これだけは申し上げます、という言い方で、口を開いた。


「正される日は、決まっております」


「いつだ」


「あなたが、下で誰かを数えた日でございます」



俺が聞き返す前に、足の下の白が抜けた。


18年前と同じ抜け方だった。違うのは、落ちながら上を見たときに、覗き込んでいる者が誰もいないことだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。