第184話 9番目の座
階の中は、狭かった。
肩の両側に当たっているのは、光だ。光が筒になっていて、その中を、上へ運ばれていく。
運ばれているのではない。足の裏が、白い段を1つずつ踏んでいる。段は、踏んだそばから後ろで消えていく。俺が上っている。
1段目で、指が消えた。左手の先からだ。18年前は、下へ落ちながら、足の先から消えた。消えた先から、作り直されている。
2段目で、腕が来た。俺の腕だ。太さも、傷の位置も同じだ。違うのは、中身だった。闇の入る場所が、広い。天級では、埋まらない。
——握っていろ。
峠でセレスティアが言ったことだ。俺は、握っていた。手は、いま消えている。
握っていたのは、あの娘の声だ。
お名前を、教えてくださいませんか。
18年前、回廊の曲がり角で、翼の畳み方の下手な娘が、そう言った。俺は息を吸って、落ちた。
吸った息は、まだ胸にある。
3段目で、白い場所を通った。202人が見えた。全員、別々の方を向いている。1人だけ、こちらを向いていた。ラントだ。
その男は、俺を見て、口を動かした。今度は、3つではなかった。5つだ。
聞こえない。だが、こいつは、俺が上へ行くのを見ている。3年、線の向きだけを見てきた男が、いま、線の先が上がるのを見ている。
俺は、手を上げようとした。まだ手が無かった。無いまま、上げた形だけを作った。
ラントの口が止まって、右の頬だけで笑った。
4段目で、胸が来た。傷がある。18年、閉じなかった傷だ。いま、そこから光が出て、闇と混ざらずに、並んでいる。18年、俺はこれを片方しか使っていない。
5段目で、目が来た。その瞬間に、下まで見えた。
人間界が見える。上から見下ろすのとも違う。厚みごと見えている。畑があり、村があり、砦がある。砦の中庭の井戸の底に、割れた石が1枚ある。
その横に、線が2本、走っていた。
線は、人の名だった。1本が1人だ。人間界の全部の人間に、線が1本ずつ付いている。線の端は、上へ伸びて、途中で束になり、束のまま、1か所に集まっている。
その先が、帳だ。
魔界も、見えた。同じだ。線が1本ずつ付いている。数が、人間界より少ない。その分だけ、線が太い。
城が見えた。西の階段が見えた。階段の4段目に、女が座っている。銀髪だ。足を投げ出して、その踝に、自分で石を当てている。
線が、無かった。
ルシェには、線が付いていない。あの足が、帳から外れている。8年前に、この女は、片足だけ帳の外へ出して、そのまま、閉じずにおいた。
厨房が見えた。小さいのが1人、壺の前に立っている。ミトだ。この子には、線がある。細い。それなのに、上への伸び方が、他より速い。
もう1つ、見えた。ミトの線の先が、帳の、まだ何も書かれていない欄に入っていた。
俺は、そこで足を止めようとした。止まらなかった。階は、途中では止まらない。
6段目で、耳が来た。音が入った。数を読む声だ。何人もいる。同じ調子で、番号を読んでいる。場所は、まだ見えない。ただ、声の数だけは数えられた。
31人。
7段目で、全部が来た。そこで、階が終わった。俺は、床に立った。
白い。上も下も白い。だが、白い場所とは違った。ここには、床がある。踏むと、硬い。18年前に歩いた回廊だ。
俺は、自分の掌を見た。上る前は、皮が剥けていた。指が3本、曲がらなかった。
いまは、治っている。治ったのではない。作り直されたときに、全部、新しくなった。
闇を組んだ。
1枚。2枚。3枚。4枚。止まらない。
5枚。6枚で、止まった。
6枚が、掌の上で重なっていた。
厚みが、掌に乗り切らない。余った分が、床の方へ垂れて、床の白を、少し食った。極級だ。
18年前、俺はここへ何も持たずに来て、7という番号を振られた。
「——お待ちしていました」
後ろで、声がした。俺は、振り返った。
白い者が、立っていた。顔が、覚えられない。見ているのに、目を離すと、もう思い出せない。北の砦の天幕にいた男だ。
「数える者か」
「はい」
「あんた、こっちにいたのか」
「どこにでもいます。……数える場所に、いますので」
俺は、闇を6枚、掌の上に置いたまま、この男を見た。
「18年前に、あんたは俺に、遅うございました、と言った」
「言いました」
「今日は、言わねえのか」
「言いません。今日は、早うございました。……9番目の座が、18年ぶりに埋まりましたので」
「誰が埋めた?」
「あなたです」
俺は、胸の傷に手を当てた。村の外れで、俺は自分でこれを開けて、9番目の欄に入った。入った者は、正される。そう聞いていた。
「正しに来ねえのか」
「参りません」
「なんでだ?」
「座に就いた者は、正す側です」




