↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
165/300

第165話 倅を、見てきてくれ

北の砦の空が、赤かった。


2日の道を、俺は1日半で行った。岩の間の石積みは、前に来たときのままだ。積み直した跡に、新しい粉は付いていなかった。


門に、2400はいなかった。


並んでいたのは、200ほどだ。残りは、砦の中にいる。中から、煙が上がっていた。



天幕が、燃えていた。布は、もう無い。骨組みだけが残って、その下で紙が燃えている。紙は、燃え方が遅い。他の紙より遅い。薄いのに、透けない紙だ。


その前に、グランが立っていた。


戦鎚(つい)を、片手で下げている。



「遅えな」


彼は、燃える骨組みから目を離さなかった。


「もっと早く来ると思っていた」


「道が悪い」


「お前が道を悪く言うのは、初めて聞いた」



俺は、燃えている紙を見ていて、1枚、まだ燃えていないものが足元に落ちているのに気づいた。屈んで拾い、裏を見る。


裏の下の端に、押した跡があった。円が1つ。線が9本。9本目だけ、途中で切れている。



「読めるか?」


「読める」


「なら、そこの3行目を見ろ」


俺は、3行目を見た。名が、2つ並んでいた。1つは、俺の名だ。もう1つは、見たことの無い名だが、字数が短い。


その2つを、1本の線が繋いでいた。



「そいつは、何だ?」


「知らん」


戦鎚の頭が、地面の灰を擦った。


「おれは字が読めん。……だが、その線は、おれの倅の名にも引いてあった」



俺は、もう1枚を拾おうとして、手を止めた。地面に落ちている紙が、端から白くなっている。火ではなく、色が抜けていた。


そこから、紙そのものが薄くなって、無くなった。



「消えるのか」


「殴った晩から、ずっとだ」


グランは、顎で骨組みの下を示した。


「あいつを殴ったら、紙がこうなった。4晩で、あらかた消えた。……残りも、明日には無くなる」


「殴ったのか?」


「殴った」



俺は、グランの右腕を見た。手首から肘までが、黒くなっている。焦げているのとは違う。皮の下の色が、灰になっていた。


「その腕は、どうした?」


「殴った方の腕だ」


「痛むか」


「初めの2晩は」


「いまは?」


「何も無い。……肩から下が、おれのものではなくなった」


彼は、そう答えて、戦鎚を左手で地面に置いた。右手は、指が開いたままだった。



「なんで殴った?」


答え次第で、俺の行き先が変わる。グランの胸の内を訊いたつもりは無かった。


「あいつが、数を言った」


「何の数だ?」


「今年の分だ」


グランは、灰の色になった腕の方を見なかった。


「毎年、冬の前に言いに来る。今年は、7だと言った。……7人、出せと言った」


「去年は?」


「11だ。……初めの頃は、1年で100を超えた」


「減ってるじゃねえか」


「減った理由を、あいつが言った」


彼は、一度、唾(つば)を吐いた。


「お前が戻ったから、来年から要らなくなる。今年の7で、仕舞(しま)いだとな。……おれは、その言い方が、癇に障った」



俺は、少しの間、燃えている骨組みを見ていた。


「あんた、終わらせたくなかったのか」


「終わらせたかった」


「じゃあ、なんでだ?」


「終わらせるのが、おれではなかったからだ」



グランの声は、大きくなかった。この巨躯が小さい声を出すのを、俺は18年前に一度も聞いていない。


「18年、おれが出した。1100だ。……終わりに、お前が来た。お前が戻ったから終わる、と言われた」


「そうだな」


「なら、おれの18年は、何だ」



俺は、返す言葉が無いまま、口を開いた。


「無駄じゃねえ」


言ってから、間違えたと分かった。この言葉を、俺は東の館でも使って、1人、階段を下りさせた。



グランは、笑わずに地面に座り、動かない右腕を、左手で膝の上に載せた。


「ヴァルゼード。お前は、下手だな」


「あぁ」


「昔から下手だった。……18年経って、少し上手くなったかと思ったが、同じだ」



「それで、あいつはどこだ?」


「消えた」


「死んだのか?」


「分からん。……殴ったら、板が割れた。板の上の紙が、宙に散った。散った紙を集めようとして、手が3回空を掴んだ。4回目に、掴む相手がいなくなった」



俺は、砦の中を見た。2200が、壁際に固まっている。誰も、天幕の方を見ていない。見えていない顔だ。


18年、この砦の者は、天幕の中に誰かがいることを知らなかった。


毎年、言われた数を、ただ出していた。



「兵は、何と言ってる?」


「何も言わん。……去年までは、名簿から抜けた者を、おれが北の道へ送っていた。送った者は、峠で消える。皆、そう思っている」


「峠で消えたことにしてたのか」


「した」


「倅もか」



グランの目が、燃え残りから俺の方へ移った。


燃え残りの灰を、戦鎚の頭で一度押してから、こう答えた。


「倅は、自分で列に並んだ」


「おれが選んだのは、先の短い者からだ。3年前、7人のうち6人まで決めて、最後の1人が決まらなかった。……夜に、倅が来た。おれの名簿を見て、自分の名を書いた。……字は、あれが書いた。おれは読めん。……だが、あれの字だけは、形で分かる」




「グラン」


「何だ」


「俺は、天へ行く」


「行けるのか?」


「開け方が1つある。……肩の幅まで開くかどうかは、やってみねえと分からねえ」



グランは、座ったまま燃え残りを見ていたが、やがて左手で地面を一度叩いた。


「連れていけとは言わん」


「言われても、連れていけねえ」


「分かっている。……1つだけ、頼む」



グランが、言葉を選んでいる。俺は、そこで待った。18年前、こいつが言葉を選ぶところを、見たことがない。


「倅を、見てきてくれ」


「生きてるかは、分からねえぞ」


「生きていなくていい」


グランの左手が、地面の土を握った。


「数に入っていると、あいつは言った。生きているとも、死んでいるとも言わん。……どっちかを、見てきてくれ」


「名は?」


「ラント」


「どんな字だ?」


「知らん。……読めんと言っただろう」



俺は、拾った紙をもう一度見た。3行目の、俺の名の隣にある短い字を見た。線で繋がれている。書いた者は、この2つを1組として扱った。


「これか」


「見せろ」


俺は、その紙を、グランの目の高さまで下げた。



グランは、それを見て、動かない右手を左手で持ち上げ、紙の上に載せた。指が、字の上で止まった。


「……これだ」



紙は、その手の下で、端から白くなった。


薄くなって、無くなった。グランは、最後まで指を離さなかった。そのまま、掌が地面に着いた。


砦の空は、まだ赤かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。