第153話 配った結果でございます
ザルカは、3日目の昼に来た。
兵は1200。東の町の門の前に、上手く並べた。横に長く、真ん中を薄くして、両端を厚くしてある。城壁の上から見ると、数が実際より多く見える並べ方だ。
俺は、その並びを門の上から見ていた。隣で、ネフィスが指を折っていた。
「1200でございます」
「多いのか?」
「少のうございます。城下からは、4000出せます」
「じゃあ、なんで1200だ?」
「見せに来ておられるのかと」
「何をだ?」
「……4000は、あの方が麦を配る相手の数でございます」
ネフィスは、そう答えて、袖の中で手を組んだ。この仕草を、俺は3日で2度見た。2度とも、ザルカの名を口に出したときだった。
門は、開けた。
閉めても意味が無い。この町の壁は、人を止めるために積んだものではない。冬の風を止めるために積んである。北側だけが高くて、南は膝の高さしかない。積んだ石の間に、藁と土を詰めてある。
門から、ザルカが1人で入ってきた。兵は、外に置いたままだった。
31だと聞いていた。
背が高い。俺より半頭高く、肩が広い。歩き方が重い。脚に肉がついていて、上半身よりも、腿と脹脛が太い。ザルカは、18年、歩き回っている。
髪は黒で、短く刈ってある。刈り方が雑で、右の耳の上だけ長い。自分で切っている者の頭だ。
手を見た。指の付け根に、胼胝があった。
剣の胼胝ではない。袋を持つ胼胝だ。麦を俵のまま肩へ担ぐ者には、ここは硬くならない。麦の袋を、肩ではなく手で持って運ぶ者の掌に、この形の硬いところができる。人間界の港で、同じ手を何度も見た。
その手を外套の前で組んで、ザルカは、俺の3歩前で止まった。
「ザルカでございます」
膝は折らずに、頭だけ浅く下げた。臣下の下げ方ではないが、無礼でもない。同じ卓に着く者の下げ方だった。
「聞いてるだろうが、俺は——」
「存じております」
「顔を、覚えております」
ザルカは、俺の顔から目を外さなかった。
「13の年に、城の広間で、一度だけお見かけいたしました。あの日、わたしは父に連れられて参りました。……父は、その冬に死にました」
「聞いてる」
「はい。あなた様が、お斬りになりましたので」
思い出そうとしたが、思い出せなかった。18年前、俺は前魔王の身内を4人斬っている。理由は、どれも同じだ。城の東の棚に、外との書状を溜めた者から順に斬った。
「理由は言ったか?」
「伺っておりません」
ザルカの外套の裾が、風で一度はためいた。
「じゃあ、教えといてやる」
「あんたの親父は、外と文をやり取りしてた」
「外」
「この界の外だ」
ザルカの喉仏が、一度、上下した。眉も口も、動いていない。
「……その話は、後にいたします」
「あぁ」
「先に、こちらの用を申し上げます」
ザルカは、そう言って、懐から紙を出して、広げずに、俺の方へ差し出した。
「東の領の名簿でございます。城下の分と、合いません」
「合わねえな」
「6人分でございます」
「そうだ」
「その6人は、いまどこに?」
「ロウグ村だ」
ザルカは紙を畳んで、ゆっくりと懐へ戻した。
「隠しませんか」
「隠して、どうなる?」
「……いえ」
ザルカの指が、外套の上から懐の紙を一度押さえた。
「ひとつ、伺ってよろしいでしょうか」
「あぁ」
「なぜ、お戻りになりました」
答えを探したが、見つからなかった。人間界でなら、いくつか用意できた。ここでは、1つも出てこない。
「帰る道が、開いたからだ」
「それだけでございますか?」
「それだけだ」
ザルカが、少し笑った。嘲りとは違う。安心した顔でもない。強いて言えば、困った顔だった。
「では、申し上げます」
その顔は、すぐに消えた。
「この界は、いま、わたしのものでございます。取ったのではございません。配った結果でございます」
「6年前の冬か」
「はい。あの冬、城が出したのは1100人分でございます。わたしは4000人分を出しました」
「あんたの麦は、どこから出た?」
「西の3つの領の、3年分の備えでございます」
「使い切ったのか?」
「使い切りました。……翌々年、西で900人死にました」
ザルカの言い方に、誤魔化しは無かった。
「4000を生かして、900殺したのか」
「殺しました」
「それを、西の連中は知ってるか?」
「知っております。西の領主は3人とも、わたしの名簿に入っております」
「入って、どうなる?」
「あの者たちの子が、城下におります」
それで、ザルカのやり方が分かった。18年前の俺と、順番が逆なだけだ。俺は先に殺して、後から食わせた。こちらは先に食わせて、後から取っている。
「ザルカ」
「はい」
「あんた、この界をどうしたい?」
ザルカは、そこで初めて、返事に間を置いて、門の外に並べた1200の方を一度見てから、目をこちらへ戻した。
「減らしたくございません」
「それだけか?」
「それだけでございます。……増やす方法を、わたしは存じません」
井戸の前に座っていた6人の子供を、思い出した。向きがばらばらに座っていた6人だ。あれを揃えて座らせる者が、この界にはいない。
そこへ、門の外が騒がしくなった。
1200の左の端から、1人の男が列を割って出てきた。顎に焼けた傷のある男だった。外套が破れていて、片方の草鞋が無い。
ドランは、そのまま門を抜けてきて、ザルカの後ろで膝をついた。
「ザルカ様」
「……ドランか。北の村はどうした」
「戻りましてございます」
「6人は?」
「連れて参りませんでした」
ザルカは、振り返らずに訊いた。
「理由を」
「北の村で、あの御方をお見かけいたしました」
ドランの声は、門の外まで届いた。1200の前の列が、聞き取れる大きさだった。
「34人で囲んで、斬れませんでした」
男は、そう続けた。
「わたしは、あの御方の肩に剣を入れました。骨で止まりました。……止めた骨は、人のものではございません」
門の外で、声が動いた。
前の列から後ろへ、波のように伝わっていった。
ザルカは、それを聞きながら、動かずに俺の顔を見ていた。その目が、さっきまでと変わっていない。
「ドラン」
「はい」
「お前は、それを、1200の前で言ったな」
「言いました」
ドランの草鞋の無い方の足が、土を掻いた。
「わたしは、お前を斬らねばならない」
「承知しております」
「なぜ言った」
「倅が、6年前の冬に、東で死にましてございます」
ドランは、地面を見たままだった。
「あのとき、麦は西へ参りました。……ザルカ様がお配りになった4000の中に、東は、1袋も入っておりません」
ザルカは、そこで目を閉じて、開けた。呼吸が変わっていた。息が、浅くなっている。腹ではなく、肩が動いていた。
「……そうだ」
彼は、そう言った。
「東は、外した。1つも入れなかった」




