↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
152/300

第152話 誰もいないのに喋っておられる

北の道は、上りが続いた。


獣を2頭とも走らせて、夜のうちに道のりの半分を稼いだ。その間、ルシェは一度も口を開かずに、俺の半歩後ろを保った。18年前、この女は俺の前を走って、道の悪いところを先に踏む役だった。


いまは、後ろにいて、時々、俺の背中を見ているのが分かった。



朝になる前に、檜の匂いがした。


道の両側が林になる。下草が無い。踏まれて禿げている。この道を、ここ数日で、30人か、それ以上が歩いている。獣の足跡も混ざっていた。


「陛下」


ルシェが、獣を止めた。


「先に、別の者が通っております。数は、30を超えます」



「弟の連れじゃねえな」


「あれの手の者は、6人でございます。6人とも、宿場から南へ帰しました」


「じゃあ、誰だ?」


「……ザルカ様の先触れかと」


彼女の声が、また平らになっていた。



村は、窪地にあった。


家が18軒。どれも屋根が低く、雪の重さを見込んで作ってある。村の真ん中に井戸があって、その縁に氷の張った跡が白く残っていた。


井戸の前に、人が集められていた。60人ほどだ。年寄りと、女と、子供。男は、少ない。



兵は、34人いた。


揃いの外套を着ている。胸のところに、印が縫い付けてあった。線を3本重ねた前魔王家の印から、その3本を抜いた形だ。


その34人の前に、カルドが立っていた。


両手を後ろで縛られて、井戸の縁に押しつけられていた。



カルドの足元に、子供が6人座っていた。


いちばん上が10ほどで、下は5つか6つだ。6人とも、ばらばらの方向を向いている。揃えて座らせる者が、いなかった。


俺は、林の端で足を止めた。34と、6と、60だ。



「陛下」


ルシェが、俺の横に並んだ。


「わたくしが先に出ます」


「出て、どうする?」


「城の者だと名乗ります。名乗れば、あの者たちは、城下へ使いを出します。使いが戻るまでの3日、村は焼かれません」



「その3日で、何が変わる?」


ルシェは、答えずに、袖の中へ手を入れた。その手が、出てこなかった。


俺は、その袖を掴んで引いた。



「下がってろ」


「陛下」


「あんたは、18年、城で数えてた」


掴んでいた袖を、離した。


「今日は、数えなくていい」



林から出て、まっすぐ歩いた。60人の村人が、先にこちらを見た。次に兵が見た。34人のうち、8人が槍を回し、穂先が俺の胸の高さで並んだ。


「止まれ」


「あぁ」


俺は、止まった。



「何者だ」


「東から来た」


「東の何だ」


「領主の客だ」


隊長らしい男が、前に出てきた。


40がらみで、顎に古い傷がある。傷の引き攣(つ)れ方から見て、刃ではない。焼かれた跡だ。



「ネフィス殿の客か」


「そうだ」


「なら、ちょうどいい。伝えてもらう」


男は、そう言って、カルドの方を顎で示した。


「東の帳面と、こちらの帳面が合わねえ。城下にいるはずの子が6人、この村にいた。……名簿を書いた者に、説明してもらう」



「その6人を、どうする?」


「連れて帰る」


「帰って、どうする?」


「決めるのは、俺じゃねえ」


男の答え方に、迷いが無い。18年前も、この界の兵はこう答えた。それだけを言えるように訓練されている。



俺は、子供の方を見た。6人のうち、いちばん小さいのが、こちらを見ていた。鼻の下が乾いた鼻水で白くなっている。拭いてやる者が、この3日、いなかったということだ。


その子が、俺と目を合わせたまま、逸らさなかった。



俺は、隊長へ目を戻した。


「あんた、誰に命じられてここへ来た」


「ザルカ様の名で来ている」


「名で、な」


「同じことだ」



「同じじゃねえ」


俺は、そこで闇魔法の陣を組んだ。


1枚だけ組んで、手を下げる。影が地面へ落ちて、光の来る方と逆へ伸び、34人の足元まで届いた。


「——悪魔の技だ」


隊長が、そう言ったときには、もう半歩下がって、剣を抜いていた。速い。


「囲め」


34人が、動いた。



俺は、動かずに、影を一度畳んだ。影が村の井戸の周りを回り、6人の子供と、60人の村人のところで止まって、立ち上がった。


幕になった。


闇幕だ。人間界で、俺はこれを光を食うために使った。今日は、逆に使う。



幕の内側から、外が見えなくなる。


外からも、内が見えない。幕の内側で、子供の1人が息を呑む音がした。


俺は、幕の外に残って、34人を見た。



最初の3人は、正面から来た。


その足首に影を掛けて、引いた。3人とも前のめりに倒れ、そこへ次の6人が乗り上げた。


俺は、その9人を跨いで、隊長の前に立った。



「あんた、ここで死ぬか?」


「……何だと」


「2つある。1つは、ここで死ぬ。もう1つは、帰って、見たことを喋る」


男は、剣を振り上げて、振り下ろした。


俺は、避けなかった。刃が、左の肩に入って、骨で止まった。



血が出た。だが、この身体は、18年かけて作り直したものだ。人間の肉の下に、人間のものではない骨が入っている。刃は、そこで止まって、動かなくなった。


俺は、その刃を掴んで、握り込んだ。掌の中で、鋼が飴のように曲がった。



「選べ」


男は、柄を離さずに俺の顔を見て、それから笑った。覚悟を決めた者の笑い方とは違う。安心した者の笑い方だった。


「……本当に、お戻りになったのですか?」


「あぁ」



「なら、言っておくことがある」


隊長は、そう言った。


「ザルカ様は、3年前から、1人で話をしてる」


「誰とだ?」


「知らねえ。夜、自分の部屋で、誰もいねえのに喋ってる。……返事があるんだそうだ」



俺は、肩の刃を抜いて、地面に捨てた。その音で残りの兵が下がり、誰も前へ出てこなかった。


「返事をする奴の声は、聞いたか?」


「聞いた奴が、1人いた」


「そいつは」


「去年、梁(はり)からぶら下がってた」



「自分で下がったのか?」


「そう聞かされた。……喉に、指の跡は無かったそうだ」


男は、そう言って膝をつき、両手を地面へ置いた。この界の兵が、降参するときにやる形だ。俺は18年ぶりに、その形を上から見た。



「俺は、帰って喋る」


「そうしろ」


「喋れば、俺は殺される」


「だろうな」


「それでいい。……俺の倅は、6年前の冬に、東で死んだ」



俺は、その男の顔を見た。


顎の傷は、焼かれた跡だ。6年前の冬に、麦を待って火を焚(た)き続けた者の顔に、同じ傷がある。人間界でも見た。火に近づきすぎた者は、みんな顎から焼ける。


「あんた、名は?」


「ドラン」


「ドラン。3日後に、東の町へ来い」



幕を解くと、60人の村人が、いっせいに顔を上げて俺を見た。その中に、18年前を知っている顔が、3つか4つ混ざっていた。


その3つか4つが、先に膝をつき、残りが続いた。



俺は、それを止めずに、井戸のところへ歩き、縛られたままのカルドの縄を、影で切った。カルドは座り込んで、6人の子供を見た。


それから、俺の後ろを見た。



ルシェが、林から出てきて、村の入口で止まっていた。弟の方を見ているだけで、近づかない。


カルドが立ち上がり、姉のところまで歩いて、その前で、また膝をついた。



「姉上」


「……はい」


「俺は、名を使った」


「存じております」


「集めた麦で、この村は、去年の冬を越した」


ルシェは、そこで初めて、弟の肩に手を置いた。



「カルド。わたくしは、怒っております」


「あぁ」


「ですが、それは、あなたにではございません」


彼女は、そう言って、俺の方を見た。その目に、怒りの色は無かった。そのほうが、さっきまでより、よほど悪かった。




村を出るとき、いちばん小さい子が、井戸の縁に立って、こちらを見ていた。鼻の下は、まだ白いままだ。誰も拭いてやっていない。


俺は、その前を通るときに、外套の裾で、その顔を一度だけ拭った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。