↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/300

第122話 内側から叩く

審問の間は、去年と同じ部屋だった。去年と違うのは、宰相(さいしょう)の席が空いていることだ。ダリオンが座っていた椅子は、片付けられずにそのまま置いてある。誰も座らない。


王が、上座にいた。聖国の使節は6人。前に来た6人のうち、2人が入れ替わっている。聖女はいない。


「聖女猊下は、御療養中でございます。では、要求を申し上げます」


先頭の使節が、巻いた紙を開いた。


「ヴァリス家息女の身柄を、当方へお引き渡しいただきたく」


広間が、静かになった。


王は、答えなかった。それは王の役ではない。


席を立ったのは、ヴィントだった。


「該当する者が、おりません」


「……は?」


「ヴァリス王家に、息女はおりません。貴族名鑑をお確かめください。ひと月近く前に、記載が消えております」


使節は、後ろの1人に何か囁いた。後ろの男が書類の束をめくり始め、紙の擦れる音が広間によく響いた。


「……確かに、ございませんな」


「では、消した者を出していただきたい」


「消したのは、書記官でございます」


「消させた者を」


「名簿にない者は、居ないことになっております。そこにおらぬ相手には、命じられません」


ヴィントは、息を吸った。


「——そちらの形式でございます」


使節の顔が、固くなった。


エリシアは、壁際に立っていた。


貴族の席とは違う。侍女の並ぶ場所だ。名簿から名が消えたので、座る場所が無い。彼女はそこに立って、両手を前で組んで、一言も喋らなかった。


俺が黙ってろと言ったからではなかった。


そう言われる前から、この女は喋らないと決めていた。そういう顔で立っていた。


「では、別件を」


使節は、紙を巻き直し、別の紙を開いた。


「ゼノ・エルディスなる者の身柄を、当方へ」


俺は、立って広間の真ん中まで歩いた。王国側の席の何人かが腰を浮かせ、また座った。


「俺だ」


「……ご自分から名乗られますか」


「名乗らねえと話が進まねえだろうが」


「では、同行を——」


「その前に、1つ返す」


俺は、懐から布の包みを出して卓の上に置き、布を開いた。


中身は、光の輪(わ)だった。


首から焼き落とした方だ。焼けて、半分に割れている。それでも、冷たさは残っていた。


使節が、それを見た。6人のうち4人は動かなかった。残り2人は、半歩下がった。


「これを、返す」


「……何でございましょうか」


「あんたらの兵が持ってた。砦の下から出てきた40人だ。1人が、両手に4つだ」


「存じません」


「知らねえのは本当だろうな」


俺は、ミルカを呼んだ。


ミルカは、紙を1枚持って前へ出て、卓の上にそれを広げた。紙に、輪の陣が写してある。3重の円と、その内側の2枚。


「この外側は、光魔法です。内側の2枚は、光魔法ではありません。ソルディア聖典の記号表にも、ヴァリス王立大学の記号表にもありません。……人間の書いた記号ではありません」


    ◆


広間が、ざわついた。


王国側の席ではない。聖国側だ。6人のうち、いちばん後ろにいた若い神官が、前の者の袖を引いて、何か言った。前の者が振り返って、その神官を睨んだ。


若い神官は、口を閉じた。下は向かなかった。


俺は、その顔を覚えた。


「これを、誰が作った?」


「存じません」


「あんたらの猊下は、『天より授かった』と言ったそうだ」


「猊下の御言葉を、この場で論じることはできませぬ」


「論じてねえ。伝えてるだけだ」


俺は、その輪を指で弾いた。輪は、卓の上で半回転した。


「これは、人間の作った道具じゃねえ」


「証拠は?」


「俺だ」


言うと、広間の全員がこちらを見た。


「18年前に、俺はこれで殺された。同じ冷たさだった。……背中から来たから、顔は見てねえ」


「あなた様は、18年前には、生まれておられません」


「あぁ。生まれてねえ」


俺は、それだけ言った。


伝わる者には伝わる。聖国の6人のうち、2人の顔色が変わった。輪を見て半歩下がった2人と同じだ。


その2人は、たぶん知っている。


猊下が何を受け取っているか。それが、どこから来ているか。知っていて、この場に立たされている。


「もう1つ、返すものがある」


俺は、2つ目の包みを開いた。


板だ。木の板で、表に字が彫(ほ)ってある。貯蔵庫の床から拾った。エイドリクが持っていたものだ。あの男は、円が閉じるときに、それを落とした。


「俺の名だ。1年前に、あんたらの猊下が彫ったそうだ」


「……1年前」


「そう聞いた。1年前に、あんたらは俺の名を知らなかったはずだ」


先頭の使節は、その板を見なかった。


「猊下は、神託をお受けになります。神託は、時を選びません」


「便利だな」


「便利ではございません。——重うございます」


その返し方は、悪くなかった。俺は話を変えた。


「あんたら、この戦をなんと呼んでる?」


「聖戦でございます」


「こっちじゃ侵攻だ」


「存じております」


「どっちが正しいかは、どうでもいい。俺が訊きたいのは1つだ」


俺は、その男の目を見た。


「あんたらの1万のうち、何人が『大悪魔を捕らえろ』と言われて来た」


答えは、無かった。1万のうち、大半は知らない。何も聞かされずに歩かされて、砦を焼いて、地下の穴から出てきた。


「捕らえるのは、俺1人だ。1人捕らえるのに、砦を1つ焼いて、村を4つ空にして、千二百人を歩かせた。……効率が悪い」


「効率で測るものではございません」


「じゃあ、何で測る?」


「信仰でございます」


「そいつは測れねえだろうが」


「測れませんので、数えるのでございます」


使節の返事は速かった。この問答を、前にもやったことがある者の速さだ。


「名を数え、板に記し、正しく仕舞う。……それだけでございます」


ラセルの棚が頭に浮かんだ。12列の棚と、11人の名の板と、削りかけの3つ。20年、口を内側から押さえていた女。


「あんたら、仕舞った人間を、後で出してるか?」


「出す必要がございません」


「なんでだ?」


「仕舞われた者は、既に清められておりますので」


「じゃあ、1つ教えてやる」


俺は、卓に手をついた。


その甲を、6人が見た。人間の皮膚の下に、黒いものがある。隠していない。今日は、その理由が無い。


「ラセルの棚を開けた。中にいた女は、20年、外へ出ようとしてた。清められてなかった」


「……ラセルの、棚」


先頭の使節の声が、そこで初めて揺れた。


「知ってるな」


「存じません」


「今、聞き返しただろうが」


「……存じません」


後ろの若い神官が、また袖を引いた。今度は引かれた方が、振り返らずにこう言った。


「本日は、これまでといたします」


「引き渡しの件は?」


「持ち帰ります」


「持ち帰って、どうする?」


「猊下に、お伺いを立てます」


使節たちは、そう言って立ち上がった。そのとき、いちばん後ろの若い神官が、一度だけ俺の方を見た。


目が合うと、その男はすぐに外した。外し方が、下手だった。


    ◆


広間を出るとき、王が俺を呼び止めた。


去年、この王は俺を測らせようとした。測定石が割れて、「くだらねえ」で終わった。それ以来、まともに話していない。


「ゼノ殿」


「あぁ」


「ヴァリスは、貴殿を差し出さん」


「出せば楽になる。それくらいは、わたしにも分かる。……分かっておるが、出さん」


「なんでだ?」


「息子が、北で戦っておる」


王は、椅子の肘掛けを叩いた。


「エルドが、北の国境で2つの砦を守った。守って、書いてよこした。『父上、わたしは一度も、誰かを差し出して勝ったことがありません』と。……あれは、継承権を返した男だ。返した男に、そう書かれると、こたえる」


    ◇


その夜、聖国の使節が泊まる館の裏口から、男が1人出てきた。


いちばん後ろに座っていた若い神官だ。歳は20そこそこで、痩せていて、首が長い。外套の前を掴んで、辺りを見ながら歩いていく。慣れていない足だ。


角を曲がったところで、その男は足を止めた。


前に、女が立っていた。


「わたし、フィーネと申します」


「……存じております」


「あら」


「ネイアの名を買われた方だと、伺っております」


フィーネは、少しだけ笑い、外套の内側から紙を1枚出した。


「では、話が早いですわ。——あなた、何を知っていますの?」


若い神官は、しばらく自分の靴の先を見ていた。


「……猊下のお部屋に、扉がございます」


「扉」


「壁の中の扉です。鍵はございません。取っ手もございません。20年、誰も開けたことがございません」


彼は、そこで顔を上げた。


「先月、その扉が、《《内側から叩かれました》》」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。