第122話 内側から叩く
審問の間は、去年と同じ部屋だった。去年と違うのは、宰相の席が空いていることだ。ダリオンが座っていた椅子は、片付けられずにそのまま置いてある。誰も座らない。
王が、上座にいた。聖国の使節は6人。前に来た6人のうち、2人が入れ替わっている。聖女はいない。
「聖女猊下は、御療養中でございます。では、要求を申し上げます」
先頭の使節が、巻いた紙を開いた。
「ヴァリス家息女の身柄を、当方へお引き渡しいただきたく」
広間が、静かになった。
王は、答えなかった。それは王の役ではない。
席を立ったのは、ヴィントだった。
「該当する者が、おりません」
「……は?」
「ヴァリス王家に、息女はおりません。貴族名鑑をお確かめください。ひと月近く前に、記載が消えております」
使節は、後ろの1人に何か囁いた。後ろの男が書類の束をめくり始め、紙の擦れる音が広間によく響いた。
「……確かに、ございませんな」
「では、消した者を出していただきたい」
「消したのは、書記官でございます」
「消させた者を」
「名簿にない者は、居ないことになっております。そこにおらぬ相手には、命じられません」
ヴィントは、息を吸った。
「——そちらの形式でございます」
使節の顔が、固くなった。
エリシアは、壁際に立っていた。
貴族の席とは違う。侍女の並ぶ場所だ。名簿から名が消えたので、座る場所が無い。彼女はそこに立って、両手を前で組んで、一言も喋らなかった。
俺が黙ってろと言ったからではなかった。
そう言われる前から、この女は喋らないと決めていた。そういう顔で立っていた。
「では、別件を」
使節は、紙を巻き直し、別の紙を開いた。
「ゼノ・エルディスなる者の身柄を、当方へ」
俺は、立って広間の真ん中まで歩いた。王国側の席の何人かが腰を浮かせ、また座った。
「俺だ」
「……ご自分から名乗られますか」
「名乗らねえと話が進まねえだろうが」
「では、同行を——」
「その前に、1つ返す」
俺は、懐から布の包みを出して卓の上に置き、布を開いた。
中身は、光の輪だった。
首から焼き落とした方だ。焼けて、半分に割れている。それでも、冷たさは残っていた。
使節が、それを見た。6人のうち4人は動かなかった。残り2人は、半歩下がった。
「これを、返す」
「……何でございましょうか」
「あんたらの兵が持ってた。砦の下から出てきた40人だ。1人が、両手に4つだ」
「存じません」
「知らねえのは本当だろうな」
俺は、ミルカを呼んだ。
ミルカは、紙を1枚持って前へ出て、卓の上にそれを広げた。紙に、輪の陣が写してある。3重の円と、その内側の2枚。
「この外側は、光魔法です。内側の2枚は、光魔法ではありません。ソルディア聖典の記号表にも、ヴァリス王立大学の記号表にもありません。……人間の書いた記号ではありません」
◆
広間が、ざわついた。
王国側の席ではない。聖国側だ。6人のうち、いちばん後ろにいた若い神官が、前の者の袖を引いて、何か言った。前の者が振り返って、その神官を睨んだ。
若い神官は、口を閉じた。下は向かなかった。
俺は、その顔を覚えた。
「これを、誰が作った?」
「存じません」
「あんたらの猊下は、『天より授かった』と言ったそうだ」
「猊下の御言葉を、この場で論じることはできませぬ」
「論じてねえ。伝えてるだけだ」
俺は、その輪を指で弾いた。輪は、卓の上で半回転した。
「これは、人間の作った道具じゃねえ」
「証拠は?」
「俺だ」
言うと、広間の全員がこちらを見た。
「18年前に、俺はこれで殺された。同じ冷たさだった。……背中から来たから、顔は見てねえ」
「あなた様は、18年前には、生まれておられません」
「あぁ。生まれてねえ」
俺は、それだけ言った。
伝わる者には伝わる。聖国の6人のうち、2人の顔色が変わった。輪を見て半歩下がった2人と同じだ。
その2人は、たぶん知っている。
猊下が何を受け取っているか。それが、どこから来ているか。知っていて、この場に立たされている。
「もう1つ、返すものがある」
俺は、2つ目の包みを開いた。
板だ。木の板で、表に字が彫ってある。貯蔵庫の床から拾った。エイドリクが持っていたものだ。あの男は、円が閉じるときに、それを落とした。
「俺の名だ。1年前に、あんたらの猊下が彫ったそうだ」
「……1年前」
「そう聞いた。1年前に、あんたらは俺の名を知らなかったはずだ」
先頭の使節は、その板を見なかった。
「猊下は、神託をお受けになります。神託は、時を選びません」
「便利だな」
「便利ではございません。——重うございます」
その返し方は、悪くなかった。俺は話を変えた。
「あんたら、この戦をなんと呼んでる?」
「聖戦でございます」
「こっちじゃ侵攻だ」
「存じております」
「どっちが正しいかは、どうでもいい。俺が訊きたいのは1つだ」
俺は、その男の目を見た。
「あんたらの1万のうち、何人が『大悪魔を捕らえろ』と言われて来た」
答えは、無かった。1万のうち、大半は知らない。何も聞かされずに歩かされて、砦を焼いて、地下の穴から出てきた。
「捕らえるのは、俺1人だ。1人捕らえるのに、砦を1つ焼いて、村を4つ空にして、千二百人を歩かせた。……効率が悪い」
「効率で測るものではございません」
「じゃあ、何で測る?」
「信仰でございます」
「そいつは測れねえだろうが」
「測れませんので、数えるのでございます」
使節の返事は速かった。この問答を、前にもやったことがある者の速さだ。
「名を数え、板に記し、正しく仕舞う。……それだけでございます」
ラセルの棚が頭に浮かんだ。12列の棚と、11人の名の板と、削りかけの3つ。20年、口を内側から押さえていた女。
「あんたら、仕舞った人間を、後で出してるか?」
「出す必要がございません」
「なんでだ?」
「仕舞われた者は、既に清められておりますので」
「じゃあ、1つ教えてやる」
俺は、卓に手をついた。
その甲を、6人が見た。人間の皮膚の下に、黒いものがある。隠していない。今日は、その理由が無い。
「ラセルの棚を開けた。中にいた女は、20年、外へ出ようとしてた。清められてなかった」
「……ラセルの、棚」
先頭の使節の声が、そこで初めて揺れた。
「知ってるな」
「存じません」
「今、聞き返しただろうが」
「……存じません」
後ろの若い神官が、また袖を引いた。今度は引かれた方が、振り返らずにこう言った。
「本日は、これまでといたします」
「引き渡しの件は?」
「持ち帰ります」
「持ち帰って、どうする?」
「猊下に、お伺いを立てます」
使節たちは、そう言って立ち上がった。そのとき、いちばん後ろの若い神官が、一度だけ俺の方を見た。
目が合うと、その男はすぐに外した。外し方が、下手だった。
◆
広間を出るとき、王が俺を呼び止めた。
去年、この王は俺を測らせようとした。測定石が割れて、「くだらねえ」で終わった。それ以来、まともに話していない。
「ゼノ殿」
「あぁ」
「ヴァリスは、貴殿を差し出さん」
「出せば楽になる。それくらいは、わたしにも分かる。……分かっておるが、出さん」
「なんでだ?」
「息子が、北で戦っておる」
王は、椅子の肘掛けを叩いた。
「エルドが、北の国境で2つの砦を守った。守って、書いてよこした。『父上、わたしは一度も、誰かを差し出して勝ったことがありません』と。……あれは、継承権を返した男だ。返した男に、そう書かれると、こたえる」
◇
その夜、聖国の使節が泊まる館の裏口から、男が1人出てきた。
いちばん後ろに座っていた若い神官だ。歳は20そこそこで、痩せていて、首が長い。外套の前を掴んで、辺りを見ながら歩いていく。慣れていない足だ。
角を曲がったところで、その男は足を止めた。
前に、女が立っていた。
「わたし、フィーネと申します」
「……存じております」
「あら」
「ネイアの名を買われた方だと、伺っております」
フィーネは、少しだけ笑い、外套の内側から紙を1枚出した。
「では、話が早いですわ。——あなた、何を知っていますの?」
若い神官は、しばらく自分の靴の先を見ていた。
「……猊下のお部屋に、扉がございます」
「扉」
「壁の中の扉です。鍵はございません。取っ手もございません。20年、誰も開けたことがございません」
彼は、そこで顔を上げた。
「先月、その扉が、《《内側から叩かれました》》」




