第109話 今日で16
聖女は、教会の前で止まった。
白い外套の者たちを、そこに並べた。軍のそれとは違う。祭りの行列の並べ方だ。2列。先頭に聖典を持つ者、その後ろに香を焚く者。
坂の上から見ていると、それは行列に見えた。町の者も、そう見た。だから、誰も逃げなかった。
俺が坂を下りたのは、それから4半刻後だ。宿の前に、リディアとリィナがいた。シャルは屋根に残し、ミルカとフィーネには、母親を連れて町の東へ回らせてある。
「あんた、行くのか?」
リディアが訊いた。
「行く」
「200人だぞ」
「数えたのか?」
「……わたしも、数える側だからな」
教会の前の広場に、町の者が集まっていた。150人ほどだ。巡礼の行列が来れば集まる。そういう町だった。
聖女は、その前に立って聖典を開いたが、読まずに、こう言った。
「この町に、祓うものがございます」
町の者が、顔を見合わせた。
「祓うものは、3つでございます。1つ、二つを持つ者。1つ、その者を匿う家。1つ、——名の割れた板」
聖女は、指を3本立てた。俺は、広場の後ろの端で足を止めた。板のことを、知っている。
「名の割れた板を持つ者は、前へお出になってくださいまし」
誰も出なかった。当たり前だ。板が何かを、この町の者は知らない。テオと、割った本人のほかは。
俺がリィナを見たとき、彼女は既に歩き出していた。
「リィナ。戻れ」
「戻りません」
彼女は人の間を抜けて前へ出て、聖女の3歩手前で止まり、懐から割れた板の半分を出す。
「わたしが割りました」
聖女は、その板を見たまま、少しの間、何も言わない。それから、こう訊いた。
「なぜ、お割りになりましたの?」
「開けられると聞いたからです。ゼノ様から聞きました」
リィナは、俺の方を振り返らずに、まっすぐ前を見ていた。
「あなた、お名前は」
「リィナです。家名はありません。北の、ヨルム村の出です」
聖女は聖典を閉じて、その本を後ろの神官に渡した。その手が、少しの間、空のまま止まっていた。
「リィナさん。あなたは、《《数に入っておりません》》」
「入っておりませんから、祓えません。祓うには、名簿に載っている必要がございます。載っていない方は、居ないことになっておりますの。……居ない方を祓いますと、記録が合いません」
「では、帰ります」
「お帰りになってよろしゅうございます」
リィナは、動かなかった。
「帰りません」
「今、お帰りになると仰いましたわ」
「訂正します。……そこの子供たちは、名簿に載っていますか?」
彼女は、木剣を握り直した。聖女が後ろの神官を見ると、神官が巻いた紙を開き、目で追って、それから頷いた。
「7名、載っております」
広場の空気が、そこで変わった。町の者が、7という数を聞いて、互いの顔を見た。誰の子が7人なのかを、この町の人間は知っている。
テオが人垣の後ろで立ち上がったところを、隣の女が袖を掴んで引き、座らせた。彼は、そのまま動かなかった。
「では、7名をこちらへ」
神官がそう言っても、町の者は動かなかった。誰も、7人を指さない。指せば終わる。指さなければ、150人が疑われる。それでも、誰も指さなかった。
——王都では、こうならなかった。
聖女が手を上げると、白い外套の者が前へ出た。20人だ。20人が、広場の3方の出口に散る。散り方が、行列のそれとは違った。
「浄めを、始めます。町の水を、まず浄めます。井戸から」
俺はそこで前へ出た。人垣を割って、広場の真ん中まで歩く。歩いていく間、誰も俺を止めなかった。町の者が、左右に分かれた。
聖女の前で、止まった。
「水は、やめとけ」
「あら。お出でになりましたのね」
聖女は、俺を見上げた。背が低い。俺の肩の下だ。裸足の指が、石の冷たさで白くなっていた。
「井戸を浄めたら、この町の人間が飲めなくなる。3日で腹を下す」
「飲めます。浄めたものは、清らかでございますので」
「昔、同じことをやった連中を2度見た」
言ってから、余計なことを言ったと思った。
聖女は聞き咎めずに、少しだけ首を傾げた。
「ゼノ様。あなた様は、いくつでいらっしゃいます」
「16だ」
「そうでございましょうね」
彼女は、そう言って、笑った。
「それで、2度ご覧になった。……どちらで?」
「忘れた」
聖女は、頷いて、後ろの神官に手を上げる。その手は止まらずに、振り下ろされた。
井戸の釣瓶が落とされ、そこへ神官が杖の先を入れた瞬間、井戸の中が光る。青白い光だ。深いところから上がってきて、石の縁から溢れた。
光は地面を這って、広場の石畳を白く灼いた。
俺は闇を6枚組んで、光と町の者の間に横一列に伏せた。光はその上を滑って、海の方へ逃げる。水の焼ける音がした。町の者が、初めて悲鳴を上げた。
「お上手ですわね」
聖女が言った。
「ですが、6枚では足りませんわ。……この町の井戸は、11ございます」
11の井戸が、同時に光った。坂の上から、下から、教会の裏から。青白い柱が11本立って、それぞれが低く広がり始めた。
俺は、闇を組んだ。10枚。12枚。器の中身が、朝の練習で減っている。それが、今日に限って響いた。
——足りねえ。
足元に、丸い線が走った。俺のものではない。リディアだ。彼女は広場の端から、俺の足元へ1尺の穴を開けていた。
穴の中から、手が出た。指が4本の、包帯を巻いた手だ。その手が、俺の組んだ闇の外周を掴んで、引いた。
闇が、伸びた。12枚が薄く、長く伸びて、広場の端から端まで届いた。俺の組み方とは違う。俺が組んだものを、リディアが引き延ばしている。
「ゼノ。数を増やすな」
穴の中から、声がした。
「1枚を、遠くまで引け。……そっちが、縫い目の使い方だ」
11本の光が闇の上を滑って、坂を下り、海へ落ちた。水が白く沸いて、3隻の船が揺れた。
広場の石畳に、焼け跡が残った。人は、1人も焼けなかった。
聖女は、その跡を見ながら、裸足の指で焼け跡の縁に触れて、少し眉を寄せる。
「……縫い目を、使える方が、2人」
言ってから、顔を上げた。その顔が、初めて子供の顔に見えた。
「ゼノ様。わたくし、今日で16でございます」
「今日が誕生日か?」
「はい。ですから、今日から祓ってよいことになっております」
聖女は、両手を胸の前で合わせた。その手の間から、光が漏れる。神官のものとは、漏れ方が違った。組んでいるのではない。溢れている。
「1つ、申し上げておきます。わたくしは、あなた様を殺しません。殺すなと言われておりますので。……ですが、この町は、《《焼けと言われております》》」




