水面下の思い(Side カイ)
しばらくカイ視点が続きます。
リーネを抱きしめてから二週間の節制期間が過ぎ、さらにリーネが雨降らしの儀へ行ってから今日で三日が経った。儀式の最中は司祭であるリーネは神殿の祈りの間に籠り、寝食以外の全ての時間を祈りを捧げることに使う。儀式は通常七日間。さらに儀式までの二週間の間は、最低限の食事と沐浴が義務付けられている。この国は年間を通して温暖だが、王宮の裏手にある鬱蒼とした森の中の泉はその気候を無に帰す。毎日冷たい水に一刻も浸かり続けるとなるとどんな屈強な騎士であっても大抵は三日で音を上げる。
質素で決してお腹いっぱいにはならない食事で執務をこなし、毎日泉につかる。それを繰り返した後、今度は祈り続けるために精神を費やす。そんなリーネをただ側で見ているしかできず十年経った。
リーネに仕え出した最初はそんなものかと思っていた。富めるものの義務だと。生活が保障されている見返りだと。
「普通じゃねぇよなぁ」
ひとりごちた声は誰にも拾われなかった。広い王宮だが世間は狭い。取るに足らない一言を論うことはこの国の中枢の十八番だ。
いつからかリーネを抱きしめるようになっては、このままこの腕の中にずっといたらいいのにと思うようになっていた。だが、弱音一つ吐かず、日々粛々と責務をこなすリーネを前にして、我欲をぶつけることなど到底できなかった。
もっとわがままになればいいのに、と願わずにはいられないまま時が過ぎ、カイはあることに気づく。リーネは知っていることややるべきことには従順だが、そこに意志というものがなかった。おそらくリーネが自由奔放に振る舞わないように、教えられてきた知識には偏りがあるのだろう。そしてそうしないといけない何かがある。
カイは祈りが何なのかを知らないし、ひっきりなしに行われる儀式についてリーネと詳しく語ることもない。聞いたら教えてくれるのかもしれないが、何となく踏み込めずにいる。
「うっし」
パンパンとズボンの埃をはたいて立ち上がり、書庫での調べ物を再開する。
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最初に書庫に足を運んだのは何年前のことだっただろうか。その日もリーネの頼みで資料を探しにきた時だったはずだ。
書庫の官吏に依頼をし、待っている間にこの国の成り立ちが書かれている本を探した。国王にそっくりだというこの顔の起源がこのどこかにあるのではという期待があった。
いくつかの本をパラパラとめくっているうちに、ページ同士が張り付いたような、不自然な様相のものを見つけた。袋とじのようになっていて、間から小さな紙切れが出てきた。見てはいけないものを見つけたような気持ちになり、周りをさっと見渡した後でその紙に書かれた文字を読んで、あの日のカイは驚愕した。
"代々の第一王子は王家の血に非ず"
イタズラではないのか。紙切れは小さく、ところどころ掠れている。読み間違いではないか。いや、何度読んでもそう読める。
もしこれが本当ならとんでもない醜聞を自分は掴んでしまったことになる。可能性を知っているだけでも投獄されるかもしれない。ヒヤリと背中に汗が伝った。官吏に気づかれる前にこの紙切れを元に戻そう。
元に戻した後で丁度、鈴が鳴った。何食わぬ顔で「本がいっぱいで驚きましたー。」と適当なことを話しながら書庫を後にする。
執務室への帰り道、心臓が早鐘を打っていた。思えばおかしいところはいくつもあるのだ。まずリーネが国王はもとより王妃にも似ている部分がない。歴代の国王は大抵第一王子が就任するものだが、肖像画をみても違う人だ、と言える風貌をしており、王家の特徴と一言で言えるものがないのだ。
それから書庫へ行くたびに、書庫にある本を片っ端から開いては何か同じような紙切れや隠された情報がないか探すようになった。第一従者が主人の側を離れて好きに過ごせる時間は短い。




