芽生える違和感(Side リーネ)
リーネ、と呼ばれた声を反芻する。カイに呼び捨てにされることをリーネは密かに好ましく思っていた。いつからか寝ぼけたカイに抱き寄せられるようになって、わざと居眠りをさせるために昼過ぎには用がないと告げるようになったのも、あの時間だけは自分のものだと確信できるようになったのも、気づくなという方が無理なほど、今までの自分からは考えられないものだった。
"リーネ"
もう一度頭の中で名前を呼ばれ、手にしていた食後の炭酸水で喉を刺激する。気づかないほどに眦を下げたまま、自室で一人、リーネは自身の境遇に思いを馳せる。
第一王子というのは恵まれている。立場は強固で、生活に不安はない。明日を嘆く材料などない。背負っている役目をこなし生きることを肯定される。やることも、やるべきことも全てがお膳立てされている。
何不自由がないというと素晴らしいことのように思え、実際リーネもそう思っていた。しかし、カイと出会って共に十年を一番近くで過ごし、カイがどんな人間なのかを見てきた。そして理解した。人間とは自由意志を持つものなのだと。カイはよく笑うし、憎まれ口も叩く。あの貴族がいけすかないだの、あそこのご令嬢と騎士団長はいい仲らしいだの、好き嫌いも言うし噂話もする。
リーネがこれまで王宮で関わってきた、家庭教師や側仕えの者、玉石混交の貴族たちの中にカイのような者はいなかった。思惑はさまざまながらに、皆一貫して、一度リーネの機嫌を損ねれば首が飛ぶ危険性を理解している者たちばかりだった。リーネはさながら無垢な入れ物だったので、教えられた役割をこなし、教えられた倫理観を持ち、それらを正として生きてきた。そうしなければならなかった。
"リーネ様は儀式を司り、民に、この国に、安寧をもたらさなければなりません。"
そう何度も伝えられてきた言葉は、幼いリーネに染み込んでいった。一週間かかる儀式とその前の二週間の節制期間。その一連が年に何度もあるのだ。日々を忙殺されれば、日々に疑問など持たない。
「余裕などない...」
ポツリとこぼれ落ちた言葉は、リーネの本心か。カイという存在がリーネに落とした異端な影響のせいか。
「傀儡のようだ...」
抱き寄せられ、人の温度を知るようになってから、リーネは就寝までの短い時間に自然と湧いてくる自身の感情を厭わずに向き合うようになっていた。
だんだんと落ちてくる瞼に逆らわず、リーネは明日もカイに早めに切り上げるように言いつけようか、と夢想した。




