第一従者(Side リーネ)
退出していった従者たちと入れ替わりに、一人の男が入室して来る。
「リーネ様」
「来たか、カイ。」
呼びかけられたリーネは男に顔を向ける。黒曜石を思わせる髪と瞳をもつその人はリーネの第一従者を務める。カイの精悍な容貌はリーネが綺麗だと思う数少ないものの一つだった。
「廊下ですれ違った者たちが若干青い顔をしていたが、何か言ったのか。」
「...何も言っていない。」
リーネの感情の乗りにくい声音は人々を誤解させる。しかし一瞬見せた歯切れの悪い回答は、リーネにとってカイが気の置けない相手であることを物語っている。
「意地悪されたか?お嬢さん?」
「黙れ。」
リーネは手元にあった書類を丸めて投げつけた。ささっとその書類を避けながら、カイは口の端で面白がっている。この国の第一王子に対して、お嬢さんだの従者をいじめたのだろうなどと軽口を叩けるのはこの男とリーネの付き合いがかれこれ十年にはなるからだった。初めて会ったのはリーネが七歳、カイが十歳の時だった。
「仕返ししといておこうか。」
クツクツと笑いながらカイはリーネに先ほどの従者たちへの制裁を提案してくる。この男、長い付き合いがあるだけでなく、書類仕事はもとより腕が立つ。王宮にそぐわない荒っぽい言い回しを好みながら、その性格は王宮に巣食う腹黒貴族たちに匹敵するほどだ。
「そんな無駄なことしなくていい。そもそも僕は何も怒っていない。」
リーネは無表情に答える。従者をいじめたのだろうと非難しておきながら、その従者を悪者にする言い回しにいつもながら矛盾している、と思わずにはいられない。カイにはどうしてもリーネを優先するきらいがある。
「ならなんで、そんな不貞腐れているんだ?」
よく見ている、と思う。まだこの部屋に入ってきて五分かそこらだ。王宮勤めのメイドたち曰く、カイは過保護なのだと。リーネ限定で。立場上、リーネは誰からも過保護に扱われる。ただ、リーネの親身になってくれるかどうかが決定的にカイと他の者では違うのだ。
「雨降らしの儀があるんだ。」
表情に乏しいはずの自分の声から、カイは何かを読み取ったように目を細めた。カイは敏い。何も言っていないのに、数ある儀式に無意味さを感じていることくらいお見通しなのだろう。無言でこちらを見つめるその瞳が嫌ではなかった。
「...。」
今度はカイが黙る番だった。減らず口は叩けるくせに、こういう時に限って気の利いた言葉の一つも出てこないのが、この男の欠点だった。




