願い(Side リーネ)
一度思い描いた理想を手放すことができる人なんているだろうか。リーネはすぐ側のカイをそっと盗み見た。
僅かな身じろぎにさえ気づくこの男に、一度で構わないから全力で抱きしめて欲しいと思う気持ちを悟られまいと、リーネはマリク王に向き直る。滅私奉公を是としてきたリーネの人生にとってこの感情は異分子だった。
「ご意見謹んで拝受いたします、王よ。」
「よく話し合うといいよ。」
全てを見透かしたような言葉と共に瞬きを一つ返したマリク王はその場から消えてしまった。二人にしてくれたのだろう。
「なぁ、一体何が起こっているんだ。」
不機嫌と困惑を隠しもしないカイを内心で微笑ましく思いながら、リーネは何を話そうかと思案する。秘密を持っているものの、今まで言う必要がなかったから言わなかっただけで隠し通す必要は特になかった。一部の人間にとって不都合なだけで、そしてそれはリーネには関係がなかった。
カイに嫌われたくないなとぼんやり思いながら話し始めようとしたリーネを止めたのは、盛大に鳴り響いたカイの腹の音だった。
---
どこからか食事を調達してきたカイに礼を言って、二人で食事をとる。儀式のせいでろくに食べていなかったリーネの調子に合わせた優しい味のものだった。
食後のお茶を一口飲んだあたりで、ずっと突き刺さっていた視線をそろそろ躱しきれなくなってきたリーネはカイに向き直った。
「話をする前に、僕の願いを聞いてくれないか。」
「なんだ?」
知っていることを話した後でカイが自分の側に居続けてくれるかはわからない。第一従者としての任を強い続ければ済む話ではあるのだが、でもそれは自分の側で居眠りをしてくれるカイとは違うカイだろう。
リーネは十七年生きてきた人生で初めて勇気というものを振り絞った。
「い、ちどだけ、抱きしめて、は、くれないか。」
震える声で告げた言葉はとても小さかった。そっとカイを伺い見た瞬間、座っていた椅子から引っ張り上げられ軽い衝撃が全身に走る。
願いが叶ったと理解したリーネは、十分だと思いカイから離れようと身じろぎをする。しかしすかさず離れた分だけ引き寄せられ、にわかに混乱する。
「なぁ、リーネは?」
初めて聞く甘えた声におっかなびっくりしつつも、ゆっくりとリーネはカイの腰に腕を添える。これで合っているだろうか。
たまらないとでも言いたげな様子でさらにリーネを囲い込む腕に力が入り、リーネは素直に嬉しいと思った。
しばらくして体を離した二人の間には、名残惜しいような我に返ったような何とも形容し難い沈黙が降りた。そして再び彷徨った視線がぶつかった時、先に手を伸ばしたのはどちらからだっただろうか。




