第19話: 宰相の正義
いちばん手強い相手は、怒鳴りこんでくる人ではない。先に頭を下げてくる人だ。
頭を下げられたら、こちらは一度それを受けとるしかない。そして受けとった手には、たいてい次のものが載せられる。
セレナがそれを思い知るのは、この日の昼前のことになる。
その朝、カルディア公都の調薬室は静かだった。
静かすぎた。戸口の外に並ぶ人が、いつもの半分もいない。
「港の酒場で聞いたんですよ」
リタが乳鉢を卓に置いた。置いたというより、打ちつけた。
「エルデンの王太子様に毒を盛った元婚約者が、海を渡ってこっちで薬屋をやってるって。……それ、セレナ様のことですよね」
「わたくしのことですわね」
「なんで落ち着いてるんですか!」
「慌てても、噂は乳鉢では潰れませんもの」
セレナは薬包を一つ折り終えて、次の紙を引き寄せた。
「だって変じゃないですか。婚約破棄して国から追い出して、人前で倒れたら今度は毒を盛った女ですよ。向こうの人たち、セレナ様に何回ひどいことしたら気が済むんです」
「数えてみましょうか」
セレナは指を折った。
「婚約破棄で一度。帰ってこいで一度。婚礼をやめろで一度。毒を盛った女で一度。……あら、四度ですわ。三月で四度。月にひとつより多いなんて、几帳面なお国ですこと」
「笑いごとじゃありません!」
笑いごとではない。それは、セレナがいちばんよく分かっている。
三月と少し前まで、彼女はエルデン王国の宮廷薬師で、王太子アロイスの婚約者だった。七年のあいだ毎朝、あの方の椀に白い粉をひと匙量って入れるのが、彼女の役目だった。
その七年は、「薬なんて誰が淹れても同じだろう」の一言で終わった。婚約は破棄され、国を出され、雨の街道で倒れかけたところを、カルディアの使者を名乗るジェラルドに拾われた。
いまは公都の片すみで、客分の薬師として薬を出している。卓の端に積まれた白い布は、そのジェラルドとの婚礼の支度だ。
そして九日前、海の向こうの王都で、あの方が和睦の調印の席で倒れた。大勢の前で、自分の名前を書けずに。
六日前、公館の卓で、彼女は「あれは毒ではありません」と言った。証はひとつも出せなかった。だから噂は止まらない。
「……先生」
戸口から、子を抱いた女が顔を出した。三日に一度は来る人だ。子の咳が長引いている。
「ええ、どうぞ。お熱はもう下がって――」
「あの、今日は、いいんです」
女は目を伏せて、抱いた子をゆすり直した。
「うちの人が、しばらくよそで診てもらえって。……すみません」
頭をひとつ下げて、女は列を離れていった。
リタが何か言いかけて、やめた。
棚の上で、コハクが琥珀色の尻尾をくるりと巻いた。ふだんなら薬包をかじりに下りてくるのに、今朝は棚から動かない。
「コハク。あなたまで気を遣わなくてよろしいのよ」
コハクは聞こえないふりをして、尻尾の先だけを動かした。
セレナは次の薬包を折った。折り目がすこし曲がったので、ひらいて折り直した。
(まあ、いいですわ。来てくださる方の分は、ちゃんと包みますもの)
昼が近くなったころ、戸の外で足音がした。
声より先に足音がするときは、だいたいよくない報せだ。
「先生」
テオだった。今日は息を切らしてはいない。そのかわり、いつもの軽口がひとつもついてこなかった。
「港に、エルデンの船が入りました」
「荷の船ですの」
「人の船です。……宰相が乗ってました。ヴァルターって爺さん。本人です」
リタが布から顔を上げた。
「宰相って、あのいちばん偉そうな?」
「偉そうっていうか、偉いんだよ。王太子が寝ついてる今は、向こうの国を実際に回してる人だ」
テオは戸口の柱に寄りかかった。
「名目は、和睦の紙の書き直しです。公館にも先触れが入ってる。それと――ちっちゃい女の子をひとり連れてました。上等な靴の」
セレナの手が、薬包の上で浮いた。
「……おいくつくらい」
「八つか九つ。宰相の手をずっと握ってました。桟橋で一回だけ転びかけて、宰相が袖ごと引き上げてましたよ」
エルザ様だ、とセレナは思った。
エルデンの幼い王女。アロイスの妹。薬が苦いと泣いて、蜂蜜を足すとようやく飲んでくれた子だ。
そして宰相ヴァルター。
あの人と言葉を交わしたのは、宮廷にいた七年で、たった一度きりだった。五年前、師のハイルが亡くなった日の夕方、ひとりで調薬室に来た。セレナが名乗っても名前を呼ばず、「切らしてはなりません」とだけ言って出ていった。
なぜ切らしてはならないのかは、とうとう最後まで言わなかった。
「先生。旦那に、人を増やすよう言ってきます」
「ええ。……お願いいたしますわ、テオさん」
テオは返事のかわりに片手を上げて、出ていった。
列のいちばん後ろに並ぶのは、ヴァルターには久しぶりのことだった。
前にいるのは、籠を提げた老婆と、腕に布を巻いた若い船乗り。誰もこちらを見ない。地味な黒の外套を着た年寄りと子供など、この国の昼の通りでは珍しくもない。
供の二人は、角のところへ置いてきた。
力ずくは、もう使えない。公国の婚礼の触れに名の載った女に手を出せば、それは国が国に手を出すことになる。だから、頼みに来た。頼みに来た者は、列に並ぶものだ。
「ヴァルター」
左の手が、下から引かれた。
「まだ?」
「まだです」
「あのおばあさん、さっきから同じところを三回かいてる」
「虫に刺されたのでしょう」
「セレナなら、すぐ治すわ」
エルザは、つま先立ちになって戸口のほうをのぞいた。
王都を出るとき、この子を連れていくと言ったら、侍従長は顔色を変えた。和睦の書き直しに幼い王女を伴う理由など、どこを探してもない。
理由は、王都のほうにあった。
王太子が倒れた翌日から、エルザの部屋の前に挨拶に来る者が増えた。一日めに二人。二日めに五人。どれも、ついこのあいだまで王太子の部屋の前で同じように頭を下げていた顔だった。
あの宮廷に、この子をひとり置いてはおけない。置けば三日で、誰かの札になる。
この子は、何も知らないまま大きくなればいい。そのために自分はこれまで何度、言うべきことを言わずにきたか分からない。
ヴァルターは外套の隠しを探って、蜂蜜を固めた小さな粒をひとつ出した。
「船で、酔い止めの苦いのを飲んだでしょう」
「もう苦くないもの」
「では、あとで」
エルザは粒を受けとって、大事そうに握りしめた。
蜂蜜を足せば飲む、と教えたのはこの子だ。苦いお薬に蜂蜜を入れてくれたのはセレナだけだったと、廊下で口をとがらせていた。
だから船に積んだ。それだけのことだ。
前の老婆が、戸口の中へ呼ばれた。
ヴァルターは、これから自分がするべきことを、頭の中でもう一度並べ直した。
まず、頭を下げる。
「セレナ!」
戸口の向こうで、小さな声が跳ねた。
セレナが顔を上げるより早く、明るい色の上着が板間を駆けてきて、腰のあたりにぶつかった。
「まあ……エルザ様」
「セレナ、ここにいた!」
王女は、セレナの前掛けを両手でつかんで見上げた。
「あのね、わたしずっと言いたかったの。蜂蜜、ありがとう。苦いお薬に入れてくれて、ありがとう」
セレナは、膝を折って目の高さを合わせた。
「まあ。わざわざそれを言いに、海を渡っていらしたの」
「うん。それと、ヴァルターのお仕事」
「お仕事のほうが、ついでですのね」
「そう!」
セレナは吹きだした。今朝はじめて、ちゃんと笑えた気がした。
戸口に、黒い外套の老人が立っていた。
白いものの多い髪を、五年前と同じようにきれいに整えている。顔の皺が、あのころより深くなった。
宰相ヴァルター・ゲーレンは、板間に一歩入ったところで足を止め、深く頭を下げた。
「お時間をいただきます」
「……宰相閣下が、列にお並びに?」
「ここでは、私は順番の来ていない者ですので」
頭を上げても、彼はそれ以上近づかなかった。
セレナは、その立ち姿をひととおり眺めた。眺めてしまうのは、もう癖だ。
「閣下。船の上で、三晩ほどお休みになっておられませんわね」
ヴァルターは外套の袖口をつまんだ。
「目の下と、唇の乾き方で分かりますの。それから左の肩。ずっと何かを抱えていらしたでしょう。……エルザ様を、ですわね」
「……噂どおりの方だ」
「どちらの噂ですかしら。よいほう? 悪いほう?」
ヴァルターは答えなかった。
かわりに、彼の外套の裾へ、棚から下りてきたコハクが鼻を突っこんだ。隠しのあたりを熱心に嗅いで、前足でかりかりと掻く。
「あっ、だめよ。それ、わたしのも入ってるの」
エルザがしゃがみこんで、握っていた手をひらいた。蜂蜜を固めた小さな粒だった。
「ヴァルターがくれるの。船でずっと。船酔いのお薬を飲んだあとに」
酔い止めのあとに、蜂蜜の粒。セレナは、粒から宰相の顔へ目を移した。
ヴァルターは、窓の外を見ていた。
「リタ。テオさん」
いつのまにか戻ってきていたテオと、布を抱えたままのリタが、そろって振り向いた。
「エルザ様に、裏の庭の薬草を見せてさしあげて。コハクも連れて。……蜂蜜の粒は、コハクには半分だけですわよ」
「はい!」
「まかせてください、ちっちゃい姫さん。こいつ、芸ができるんですよ」
エルザの声とコハクの足音が、裏口のほうへ遠ざかっていった。
板間には、セレナと宰相だけが残った。
ヴァルターは、もう一度頭を下げた。
さっきより深かった。
「市中の噂を、私は否みませんでした。まず、それをお詫びに参りました」
セレナは、すぐには言葉が出なかった。
詫びられたら何と返すか、考えてはいたはずだった。それを、いま見失った。
「……否まなかった、とおっしゃいますのね」
「はい」
「宰相府が一言出せば、明日には消える噂ですわ。それが九日も消えないのは、閣下が黙っていらしたからですのね」
「そのとおりです」
ヴァルターは頭を上げた。
「お戻りいただきたい。そのために参りました。お戻りいただけるなら、その日のうちに私が否みます。薬師団の名簿にも、お名前を書き戻します」
ほら、とセレナは思った。受けとった手に、次のものが載せられた。
「宮廷薬師長の席を用意しております。誰もあなたを薬屋あがりとは呼ばせません」
「お断りいたしますわ」
迷う間を置かなかった。
「理由を、伺っても」
セレナは、卓の上で両手を重ねた。
戻っても治らない、とは公館の卓でもエルデンの使者の前でも言えなかった。言えば、なぜそれを知っているのかを問われる。
けれど、この人の前でなら言える。
「わたくしが戻っても、あの方は治りません」
ひと息に言い切った。
「……閣下は、それをご存じのはずですわ」
「存じております」
ヴァルターは、まばたきもしなかった。
セレナの口の中が、すっと乾いた。
知っていた。この人は全部知っていて、それでも「戻れ」と言いに海を渡ってきたのだ。
「では、何のためにわたくしを」
「治すためではありません。続けるためです」
「続ける」
「殿下の毎朝の一服を、です」
ヴァルターの声は低く、どこにも揺れがなかった。
「あなたが毎朝量っていたものを、もう一度あなたの手で量っていただく。そうすれば殿下は、少なくとも人前で倒れずにすむ。宮廷は落ち着き、和睦の紙は書き直せる」
「あの方の匙は、七年でずいぶん増えましたのよ」
セレナは、宰相から目を逸らさなかった。
「増やしたのは、わたくしですわ。年に一度か二度、ほんの少しずつ。減らせたのは二度きりで、二度とも翌朝あの方が崩れましたわ。……このまま続ければ、どうなるとお思いですの」
「続けているあいだは、誰も血を見ずにすみます」
「あの方のほかは、ですわね」
ヴァルターは、そこで初めて間を置いた。
「……ええ。殿下のほかは」
この人は、いま王太子を秤の片側に載せた。そして、そのことを隠しもしなかった。
「お嬢さん」
ヴァルターは、裏口のほうへ目をやった。庭からエルザの笑い声がする。テオが何かやって、コハクが何かやり返したらしい。
「殿下の朝が止まれば、宮廷は殿下に代わって誰を立てるかで割れます。割れた宮廷は、海の向こうからいちばん呑みやすい。そうなれば、あの子がその真ん中に立たされる」
セレナは、何も言えなかった。
この人の言うことは、筋が通っている。通りすぎていて、どこにも言い返す余地がない。
「エルデンの民は、戦の火を見ずにすんでいます。私は、それを売りません。……一人の薬師を、もう一度量りの前に座らせてでも」
庭で、エルザがまた笑った。
セレナは、重ねた手の下で指を握った。
「閣下。わたくし、ひとつ伺ってもよろしいかしら」
「どうぞ」
「粉は、どこから来るのですか」
ヴァルターの目が、そこで初めて細くなった。
「……ザイデルに、持たせましたか」
「イレーネ様なら、五日前に発ちましたわ。閣下に宛てた問いを、ひとつ持って。……海の上で、すれ違ったのでしょうね」
「そのようです」
ヴァルターは、ひとつ息を吐いた。
「お答えしません」
「なぜですの」
「お聞きになれば、あなたは知らなかったころへ戻れなくなる」
セレナは、危うく声を立てて笑うところだった。
(それ、わたくしが六日前に公館の卓で申し上げた理屈ですわ。……人に言われると、ずいぶん腹が立ちますのね)
「ですがエルデンにお戻りいただけるなら、お見せします。何もかも」
ヴァルターは声を落とした。
「あなたは、知りたいはずです。知らなければ、治す道は組めない。……違いますか」
違わなかった。
七年分の覚え書きを三晩かけて読んで、分かったのは、あの粉が何をしていたかだけだ。なぜそれが要るのかは、一頁も書いていなかった。だから、治す道が一行も組めない。
この人は、それを知っている。知っていて、答えを餌にして、海を渡ってきた。
「お戻りにならないなら、それも結構です」
ヴァルターは、外套の袖を整えた。
「ただ、噂は私を待ってはくれません。和睦の紙を書き直す卓で、エルデンはあなたの名前を出さずにはすまないでしょう。そのときカルディアが、紙と人のどちらを取るか。……私には分かりません」
「脅していらっしゃるの」
「起きることを申し上げているだけです。私は急ぎません。急ぐのは、噂のほうです」
セレナは、ゆっくり息を吸った。
「閣下」
「はい」
「五年前、わたくしは閣下に名乗りましたわね。セレナ・フェアミルと申します、と」
ヴァルターの顔は、動かなかった。
「閣下は、それから一度もわたくしの名前をお呼びになりませんでした。今日も『お嬢さん』ですもの」
「名を覚えると、切るときに手が鈍りますので」
あっさりと、彼は言った。
セレナは、しばらくその顔を見ていた。
声に意地悪の色はなかった。この人はずっと、そうやって人を量ってきたのだ。覚えずにすむ人の名は、最初から覚えない。
だからこの五年、あの粉を量る手が誰のものかを、知ろうともしなかった。
「では、覚えていただきますわ」
セレナは、卓から手を離して背筋を伸ばした。
「セレナです。……せいぜい、手を鈍らせてくださいまし」
セレナは宰相の口もとを見ていた。笑ったのかどうかは分からなかった。
「それと、もうひとつ」
「伺いましょう」
「わたくし、次に匙を持つときは何を量っているのか分かったうえで持ちますわ。閣下に見せていただかなくても」
ヴァルターは、長いあいだ黙っていた。
それから、低く言った。
「……覚えておきます」
「何をですの」
「あなたの名前を」
戸口のほうで、靴音がした。
ジェラルドが立っていた。片手に乗馬の鞭を下げたまま、肩で一度だけ大きく息を吐いた。公館から馬を飛ばしてきたのだと分かった。
「カルディアの、使者どのですな」
ヴァルターが先に言った。
「ジェラルドだ」
ヴァルターは、その顔をひと呼吸ぶん長く見た。ジェラルドの顎の筋が動いた。ヴァルターは何も言わずに視線を外した。
「宰相。公館で待っている者がいる」
「存じております。もう伺うところでした」
「返事は聞いたな」
「伺いました。今日の分は」
ジェラルドは戸口の柱から肩を離さなかった。通すつもりはあるが、どくつもりはない。そういう立ち方だった。
裏口から、エルザが駆けこんできた。上着の裾に、琥珀色の毛がいっぱいついている。
「ヴァルター、見て。コハクがね、くるって回るの。テオがやると回るの」
「よろしかったですね。……エルザ様、参ります」
「えー」
エルザは口をとがらせて、それからセレナのほうへ走ってきた。
「セレナ。エルデンに、帰ってこないの?」
「わたくし、こちらでお薬屋さんをしておりますの。エルザ様が苦いお薬を飲むときは、遠くから蜂蜜の念を送りますわ」
「ねん?」
「おまじないですわ」
エルザは笑って、セレナの前掛けをもう一度だけ引っぱった。
「あのね、セレナ。わたしもね――」
「エルザ様」
ヴァルターが言いかけたが、王女のほうが早かった。
「もうすこし大きくなったらおにいさまと同じ朝のお薬をいただくのよ」
セレナは、エルザの髪を撫でる手をそのまま動かし続けた。
「……まあ。どなたに伺いましたの」
「ばあや。王家の子は、みんなそうなんですって。ちゃんと飲めたら、大人の仲間入りなの」
エルザの肩に、上から手が置かれた。
「エルザ様。公館で、皆さまがお待ちです」
ヴァルターの声は、いつもと同じだった。
セレナは、宰相の顔を見た。
ヴァルターは、否まなかった。
違います、とも言わなかった。まだ先のことです、とも言わなかった。ただ王女の肩に手を置いて、戸口のほうへ向きを変えさせただけだった。
「セレナ、またね!」
「ええ。……また、エルザ様」
小さな手を振り返しているあいだに、黒い外套の背中は通りへ出ていった。供の二人が角から現れて、その両脇についた。
手を下ろしてから、セレナはしばらく戸口に立っていた。
あの粉を、七年量った。量りながら、ずっとこう思っていた。あれは、あの方の体のためのお薬なのだと。どこかが悪くて、それを支えるために飲んでいるのだと。
違った。
エルザ様は、どこも悪くない。頬はふっくらとして、桟橋でつまずきかけても笑っている子だ。
その元気な子に、いずれ、同じものを飲ませはじめる。
病んだ子に飲ませる薬ではない。元気な子に、わざわざ飲ませるものだ。
「……ジェラルド様」
戸口に残っていた人が、こちらを向いた。
「抱えきれなくなりましたわ。……抱えきれなくなったら、いちばんに。そう申しましたでしょう」
ジェラルドは、柱から肩を離した。
そして、今度は迷わず板間に入ってきた。
「聞く」
セレナは、卓の端の椅子を引いた。自分の分と、もうひとつ。
「あの白い粉、いずれあの子の朝にも載りますの」
ジェラルドは答えず、もうひとつの椅子に腰を下ろした。
セレナは冷えた指を膝の上で組み直して、言った。
「あの子が最初のひと匙を飲む前に、あれが何なのかを突き止めます」




