57 汽笛
「百歩譲って……津田先生が秋月先生と共犯だとしたら――どうして曽我部の襲撃から俺を助けたり、一緒に籠城したりしたのかな? 缶コーヒーに睡眠薬を盛るなりして、眠らせてから殺すことも出来たのに」
「さあね。理由はいくらでも思いつくけど。とにかく二人が共犯だとしたら、当然二人ともブタ箱には入りたくないはず。
最終的にあたしか一を犯人に仕立て上げるか、参加者同士が殺し合った事にするかは分からないけど……邪魔者を殺して口封じするのがこれまでの流れでしょ?」
根本遥は冷めた笑いを浮かべた。
「金田龍人と馳久美子の保護者から相談を受けた秋月先生が二人の殺人を代行し、自傷行為を繰り返していた布引真子に罪を被せようとした。それが根本さんの集めた情報から導き出した結論なんだけど……根本さんはどう思う?」
俺が預かっていたメモ帳を手渡すと、根本遥は首に下げていたがま口を俺に押し付けた。
「フフフ。このがま口はあんたにあげるわ。ろくでもない合宿だけど、いい思い出になるようにね。
メモ帳を交換した理由だけど……内容が内容だから、バレたら不味いと思ったの。人一倍注意深い一に預けておいてよかったわ」
しぶしぶがま口を首に下げると、根本遥は満足そうな表情を浮かべて言葉を続けた。
「あんたの鬼畜じみた想像が当たってるかどうかは分からないけど、それを突き止める事に意味はあるの?
少なくともあたしは、バスに乗った時からずっと不穏な空気を感じてた。殺された面々にとっては理不尽だろうけど、ちょっと脇が甘かったんじゃない?」
確かに気味の悪い事件が立て続けに起こっていたが、そこから自分の命が狙われているなんて発想には……普通なら行き着かないだろう。
根本遥の人並み外れた危険回避への嗅覚。そして、安全な所で高みの見物をする茶封筒――。
俺の頭の中で、二つのイメージが違和感なく溶け合っていくような……そんな気がした。
風に吹かれ遠くを眺めていた根本遥が、慌てた様子で双眼鏡を覗く。俺はその勢いにつられて宿舎に目を向けた。
「そっちじゃないわ。海の向こうよ」
口元に笑みを浮かべた根本遥が、俺に双眼鏡を渡して言った。
レンズを水平線へ向けた後、ゆっくりと視線を下ろしていく。紺碧の水面に揺れる白い航跡――その先に、小さな漁船が見えた。
俺は思わず身を乗り出した。船は徐々に速度を落とし、桟橋に近づいて来る。甲板にピントを合わせると、船外機を操作する麦藁帽子の草臥れた老人。そして船首付近にいるのは……バケットハットの、スラリとした――白川瞳?!
「フフフ。どうやら一人で乗り込んで来たようね。さすがのあたしも、この展開は頭に無かったわ」
根本遥は含み笑いを押し殺して言った。
「とにかく、この危険な状況を伝えに行って来る!」
俺は袖で支柱をつかんで、滑り落ちるように梯子を下りた。摩擦で掌が焼けそうになったが、気にしている余裕は無い。上って来た険しい樹海を掻き分けながら、無我夢中で元来た道を引き返す。
過呼吸気味になりながら、ようやく宿舎の裏手に差し掛かった。胸を押さえて何とか呼吸を整える。壁伝いに進むと、砂浜の方角から汽笛の音が聞こえた。
半身でロビーの窓際から中を覗くと、医務室のドアから津田美子、職員室のドアから秋月令子が出て来た。
二人は廊下で二言三言言葉を交わした。秋月令子は職員室に引き返し、津田美子は煙草を吹かして玄関から表へ出た。二人はやはり共犯で、招かれざる客の対応は彼女に任せるようだ。
人は見かけによらない――。俺は暗い気持ちを心の奥に押し込んで、桟橋へ向かう津田美子の背中を密かに追った。




