56 冷たい汗
ざらついたコンクリートの外壁は、鉄筋から滲み出した赤茶色い錆で変色していた。周囲は背の高い雑草が蔓延っている。根本遥は両手で掻き分けながら錆びついた鉄の扉に辿り着いた。
「中はそれほど風化していないから大丈夫よ。展望デッキで宿舎を監視しながら話すのはどう?」
俺は頷いて、根本遥の後ろに続いて中に入った。円筒形の室内は直径三メートルくらい。周囲は味気なくがらんとしていて、古ぼけた掃除用具が壁に立て掛けてあるだけだった。
奥の壁に金属製の梯子が固定されていて、天井に空いた四角い穴の向こうまで続いていた。
根本遥は三日月鎌をリュックに仕舞い、梯子を上り始めた。俺は宿舎の寝室にリュックを置き去りにして来た事を思い浮かべながら、根本遥に続いた。
灯台の高さはそれほど高くなさそうだ。梯子を上り始めると、すぐに最上部に辿り着く。天井近くに経年劣化で白く変色した巨大なレンズが見えた。
床は狭く、ガラスの破片が壁の隅に散らばっている。四方を囲む窓は、窓枠だけを残して涼しい風が吹き抜けていた。
根本遥はリュックを床に下ろし、壁に掛かったボロボロの双眼鏡を首に掛けて回廊に出た。
「宿舎に動きがあればここからでも確認できるわ。見える範囲に限られるけどね。とりあえず飲む?」
俺は根本遥が差し出したペットボトルの緑茶を受け取った。錆びついた鉄柵に体を預けるのは怖かったので、壁に背中を付けたまま渇いた喉を潤した。
「フフフ……あたしと一は、ろくでもない合宿に参加しちゃったようね」
根本遥は双眼鏡を宿舎の方角へ向け、ピントのリングを調整した。
「さっきも尋ねたけど、根本さんはこれまでの状況を……どこまで把握しているの?」
根本遥は両肘を鉄柵に置き、双眼鏡に目を当てたまま答えた。
「倉庫にあった遺体――馳久美子、布引真子、瀬野賢児の死亡は確認したわ。田中忠と医務室の金田龍人、曽我部太は直接遺体を見ていないから――本当に死んでいるのかどうか、分からない」
「秋月先生は……どう思う?」
俺はペットボトルの蓋を閉めて根本遥の表情を窺った。彼女は双眼鏡を外してニヤリと笑った。
「ウッドデッキで津田美子とあんたを見送った後、キャンプファイヤーの丸太組みの陰に隠れて様子を見ていたの。仮眠室のドアから、誰かが外に出て来るんじゃないかと思ってね」
俺は息を呑んで根本遥の話に耳を傾ける。
「あたしの予想に反して真っ先に飛び出して来たのは、顔を真赤にした曽我部太だった。パッドの付いたコードを首に巻きつけたまま、必死に逃げているようだったわ」
「気が動転していた曽我部太は遊戯室に逃げ込んで――そこで眠っていた瀬野賢児を敵と見做して殺した……?」
俺は曽我部の何とも言えない冷たい顔を思い出して、ぶるりと震えた。
「あたしは医務室に潜んでいた秋月令子が殺りそこなったと思った。大方、金田龍人にとどめを刺すところを、曽我部太に見られたんじゃない?
フフフ。せっかく津田美子がウッドデッキであんたを足止めした後、わざわざ医務室から遠ざけるようにしたのにね……」
根本遥は俺の表情を窺うように顔を見上げた。
冷たい汗が背中を伝った。俺は津田美子の人柄に触れ、無条件に信頼を寄せていた。しかし改めて振り返ってみると、秋月令子との共謀を否定する材料は……すぐには浮かんでこなかった。




