52 救済
「いや……すまない。君を問い詰めるのは御門違いだった。改めて整理すると――秋月先生は当初から参加者の金田龍人、馳久美子、布引真子の三人を殺害しようと目論んでいた。君は、そう考えているようだな?」
津田美子は気持ちを切り替えるように、さほど吸っていない煙草を空き缶に落とした。
「参加者たちの個人資料は手元にありますか?」
俺が確認すると、津田美子は白衣の内ポケットから小さな鍵を取り出して、診察机の施錠された引き出しの鍵穴に差し込んだ。
【取扱い注意】と書かれた紙の2穴ファイルを手に取って、俺に視線を合わせた。
「港へ向かう送迎バスの中で、田中先生は『参加者たちはいろんな問題を抱えている』と言っていました。その三人は不登校に加えて――過去に何か、重大な問題を起こしているんじゃないですか?」
俺が確認を促すと、津田美子はファイルを開いてページを捲った。
「この際だから事実を明らかにしておいた方がいいだろう。
金田龍人は父親をゴルフクラブで殴って大怪我をさせた事がある。
馳久美子は小学六年生の時、クラスメイトをカッターナイフで切りつけた。大怪我をさせ、児童相談所へ送致された事がある。
そして布引真子は他者に危害を加えた事は無いが、何度も自傷行為を繰り返している。
いずれも、保護者に気の休まる日々は無かっただろうな。この合宿を通して、子どもたちに何か立ち直る切っ掛けをつかんでもらいたかったのかも知れない」
津田美子はファイルを開いたまま、再び俺に視線を向けた。
「真っ当な考えだと思います。でもその考え方だと、人一倍責任感があるように思えた秋月先生が、平気で子どもたちを殺す理由には結びつきません」
俺は難しい顔をする津田美子から視線を外さずに言葉を続ける。
「この合宿の目的が、子どもたちの救済ではなく……保護者たちの救済だったとしたら――」
「まさか君は……秋月先生が保護者と結託して、手に負えなくなった子どもたちを――処分したと言うのか?!」
津田美子は静かにファイルを閉じて、机の上の煙草に手を伸ばす。脱力したように背もたれに体をあずけて、天井に白い煙を吐き出した。
「秋月先生自身も重度のあがり症を克服して、社会復帰したと話していました。当事者が保護者に与える苦労を、身を持って理解しているはず。
保護者の相談を受けた秋月先生は三人の殺害を計画し、持ち前の責任感で……与えられた使命を誠実に実行したんだと思います」
俺は缶コーヒーを喉に流し込んで気持ちを整える。自分自身で想像した、冷酷で救いの無い発想を、自問自答せざるを得なかった。
もし将来、自分の子どもがクラスメイトに刃物で重症を負わせたり、ゴルフクラブで寝込みを襲われたとしたら――。
子どものために日々緊張を強いられ、精神が限界に達していたとしたら――。
そこへ手を差し伸べてくれる、秋月令子のような理解者が現れ、逃れられない苦しみから解放してくれるとしたら――。
結局、俺は答えを出さずに気持ちを掻き消した。思考実験とはいえ、悪魔に魂を売り渡しそうになる自分が恐ろしくなった。




