50 籠城
津田美子はウッドデッキ側のドアを施錠し、シダ箒を構えたまま壁沿いに曽我部太の枕元へ近づいていく。
俺はとても間近で見ることは出来ず、津田美子の様子をぼんやりと眺めていた。
「頸動脈を切られて多量の血液が飛び出した後だ。今更止血しても手遅れだろう」
津田美子は鮮血に染まった布団を引き上げ、微動だにしない曽我部の顔を覆った。首から飛び出した返り血は右側の壁に集中していて、流れ落ちた赤黒い筋が床まで続き、血溜まりが出来ていた。
津田美子はその血溜まりを跨いで、俺の横を擦り抜け、医務室に入る。足で回転椅子を退かせた後、カーテンで隠されたベッドに向けシダ箒を構えた。
「曽我部を襲った犯人は廊下には出て来なかった。そして仮眠室にもいない。
出口は一つ――犯人はウッドデッキへ出たか、その締め切ったカーテンの中に潜んでいるはずだ。曽我部の首を切った、刃物を持ってな」
俺は床に顔を付け、ベッドの下を覗いた。カーテンレールの向こうに人の足は見えない。もし潜んでいるとしたらベッドの上――?
合宿の参加者の中で生き残っているのは俺と津田美子。そして、どこかに潜んでいる根本遥の三人しかいない。まさか――?
「佐藤、心の準備は出来ているか?」
津田美子は秋月令子の遺体を隠したカーテンの襞にシダ箒の頭を当てた。
「ちょ、ちょっと――」
混乱する俺を気にも留めずに、津田美子は勢いよくカーテンを開く。俺は慌てて虫除けスプレーを前方に向けた。
「むっ!」
津田美子が力んだ声を上げ、間を置かずに隣りのカーテンを横薙ぎにする。
隠されていた二台のベッドが白日の下に晒された。右のベッドには白い布団で隠された金田龍人の遺体の膨らみ。そして隣りのベッドに秋月令子の遺体は無く、乱れた布団が残されているだけだった。
戸惑う俺をよそに、津田美子はシダ箒を片手に金田の遺体を確認した。
「AEDの力を借りたが、金田が仮死状態から蘇生した前例もある。もし秋月先生が息を吹き返していたとしたら――一度はしくじった曽我部の殺害を、改めて実行した可能性もある。私と佐藤の動向を……しっかりと見据えた上でな」
津田美子は渋い表情を浮かべながら廊下側のドアを施錠した。回転椅子を元に戻した後、ダンボールから缶コーヒーを二本取り出して、診察机の上に並べた。
「遺体を倉庫に運ぶのは中止だ。ドアは二つとも施錠した。危険を回避するため、しばらくこの部屋で籠城することになる。何か異論はあるか?」
「いえ、ないです」
俺は一先ず危機を乗り越えた事に安堵し、勧められた丸椅子に腰を下ろした。
津田美子は凝りずに缶コーヒーを開け、チビリと口に含んだ。
「秋月先生の遺体が消えた。刃物等の管理は彼女に一任されていたから、状況から考えてみても――私は秋月先生が曽我部を殺ったと結論づけた」
向かい合った俺に目を合わせ、津田美子は煙草に火をつけた。宿舎内は恐らく禁煙のはずだが、この危機的な状況に至っては、お構いなしのようだ。
「中断していた話の続きだ。秋月先生が合宿の総責任者であるにもかかわらず、参加者の子どもたちを殺害して、罪を他人になすりつけようとした。その不可解な動機について――君の考えを聞かせてほしい」




