49 制裁
「残念だが、手の施しようが無い」
ペンライトで瀬野賢児の瞳孔を確認した津田美子が溜息を吐き出して言った。
「やはり……曽我部くんが?」
「秋月先生が先に殺った可能性もあるが、よほど手際がよくないと時間的に厳しいだろう。ま、後で曽我部を問い質せば白状するかも知れない」
津田美子は側にあったケーブルを小さく纏めて白衣のポケットに入れ、小柄な瀬野賢児を背負った。
「この部屋に遺体は置いておけない。涼しい倉庫に移動させよう」
俺は津田美子から倉庫の鍵を受け取り、先に廊下に出た。遊戯室の隣りに発電室を兼ねた倉庫がある。ライフラインを支える食料や重要機器があるため、ドアは他の部屋に比べ厳重にできているようだ。
二重ロックの鍵を開けドアを開くと、ふわっと白い冷気が舞った。部屋全体がコンクリートの打ちっぱなしになっていて、ブーンと機械の鈍い音が静かに響いている。左隅には発電機と思しき大きな装置。手前にプレハブ型の業務用冷蔵庫があり、右奥には金属製のドアが見えた。
真ん中奥の薄暗い部屋の隅に、白いタオルケットが被せられたマットレスが二つ。津田美子はその隣りに瀬野賢児を下ろして、仰向けに寝かせた。
「佐藤、悪いが仮眠室から担架を持って来てくれ。気温が上がってきたから他の遺体もここへ運んでおいた方がいいだろう。一番遠い田中先生を運んだ後、金田、秋月先生の順でいく」
「…………」
俺は冷たい床に並んだ遺体を見つめたまま、ただ呆然としていた。合宿の参加者四人、そして引率していた職員二人が、立て続けに命を落とした。常軌を逸したこの状況に、思考が追いつかない。
「佐藤、しっかりしろ。明日には必ず迎えの船がやって来る。それまでに出来る事をやっておくんだ」
立ち竦む俺の手を引っ張り、津田美子は医務室のドアを開けた。部屋に入った途端、手首にギュッと力が入り、手汗がじっとりと滲んだ。
「……気を抜くな。何だか部屋の様子がおかしい」
津田美子は俺の手首を離して、側に立て掛けていたシダ箒を手に取った。俺は必死に心を落ち着かせてポケットから虫除けスプレーを取り出した。
「開けておいたはずの仮眠室のドアが閉まってる。そして……ドアの向こうから微かに血の匂いが漂ってくる」
津田美子はゴクリと固唾を呑んで、仮眠室のドアに耳を当てた。
「佐藤、今から仮眠室を確認する。いざとなったら時間を稼ぐから、私に構わず逃げるんだぞ」
俺が頷くと、津田美子は目を瞑って静かに息を吐き出した。
「よし……」
津田美子は静かにノブを回した。カチリとラッチが引っ込む音がした。俺は思わず息を止め、背後から様子を窺った。何があっても体が動くように、心の準備を整える。
津田美子はシダ箒の長い柄を押し当て、恐る恐るドアを開いていく。ドアの隙間から、鼻を突く血生臭い匂いが広がった。
意を決した津田美子は勢いよくドアを開け、シダ箒を構えて部屋の中に飛び込んだ。俺は背後から身を屈めて迎撃態勢を取る。思わず指に力が入り、咳込むようなスプレーの飛沫が飛び散った。
目の前の光景に俺は言葉を失った。
ベッドに横たわる曽我部太の、あまりにも惨たらしい姿に――息を止めたまま、目を背けることができなかった。




