46 疑心暗鬼
俺は医務室のドアを閉め、飲みかけの缶コーヒーを喉に流し込んだ。幾分か落ち着きを取り戻すと、津田美子が隅に立て掛けていたシダ箒を手に取った。
「そろそろ曽我部のベッドを確認しよう。心の準備は出来ているな?」
俺が頷くと、津田美子は箒の頭をカーテンの襞に当て一気に薙ぎ払った。カーテンフックが弾け飛び、中の様子が明らかになる。
「むっ?!」
津田美子は金縛りにあったように動きを止め、俺は目の前の光景に言葉を失った。
乱れたシーツの上に、苦悶の表情を浮かべた秋月令子が――生前の雰囲気とは掛け離れた、悍ましい形相で横たわっていた。
津田美子はシダ箒を左手に持ち替え、恐る恐る秋月令子の首筋に右手を当てた。
「田中先生と同様に……名札のストラップで一気に殺られたな。秋月先生は大分抵抗したみたいだが」
「ベッドの下にAEDがあります! まだ間に合いますか?」
俺の言葉を聞き、津田美子はベッドの下に潜り込み、急いでAEDを取り出した。
「くっ、パッドが切断されている。金田の蘇生があったから、念入りにやられたな」
「曽我部くんはどこへ?」
俺が問いかけると、津田美子は疲れた顔を振り切るように言った。
「状況から考えると、曽我部が秋月先生の首を締めたのは間違いない。正当防衛だったかどうかは別にして、間違いなく人を殺した。
そして――曽我部はこれまで、参加者たちから暗に御当地弁当喪失の疑いを掛けられ、画鋲混入や毒茸中毒で何度も酷い目に遭っている。
一連の流れを鑑みると……彼は現在心神耗弱の状態に陥っていて、かなり危険な状況だと言えるだろう」
「……つまり? 一体どういう事ですか?」
俺が混乱した頭で尋ねると、津田美子は煙草を咥えて火をつけた。
「曽我部は合宿中に何度も危険な目に遭い、疑心暗鬼になっていた。過去の心的外傷も重なり、溜め込んでいた加害者に対する憎悪が破裂寸前になっていたのかも知れない。
そして、何があったか分からないが――曽我部と秋月先生はここで揉み合いになり、結果、目の前にある状況になった。
曽我部の凶行がこれだけで済めばいいが……自分の身の安全を確保するために、我々を敵と見做して、見つけ次第血祭りに上げていく――その可能性も、無くはない」
半信半疑で押し黙った俺に、津田美子はシダ箒を手渡した。ベッドのカーテンを閉め、横たわる二人の遺体を隠して、診察机の側にあった丸椅子を広げた。
「曽我部はまだ十四才だが、秋月先生の被害状況を見ると人並み以上の殺傷能力がある。津山事件の例もあるからな……最悪の場合を想定しておいた方が身のためだ」
津田美子と俺は目を合わせたまま、重苦しい沈黙が続く。僅かな物音も聞き逃さないように、息を殺して耳をそばだてていた。
「……提案があるんですけど」
沈黙を破り俺が口を開くと、津田美子は吸い殻を空き缶に落とし、無言で頷く。
「ずっとこの部屋で籠城するのは神経がすり減ります。まずは曽我部くんの逆上が本当かどうか、それを確かめる必要があるのでは?」
「まぁ取り越し苦労の可能性が高いとは思うがな。ただ……万が一の事があれば命の保証は無いぞ。それでも、やるのか?」
津田美子は俺の真意を探るように、鋭い眼差しを向けた。
「……わかった。様々な局面に対処できるように、まずは状況判断のすり合わせだ。話が纏まり次第、事を実行に移す」




