44 見回り
「どうしても君たちは……秋月先生を犯罪者にしたいわけだな? だが、少し落ち着いて考えてみてくれ。保護者たちから大切な子どもたちを預かり、有意義な体験をさせ、無事に返すこと――この合宿の総責任者が秋月先生なんだ。
その責任者本人が自ら問題を起こして、ましてや預かった子どもたちや同僚を殺めるなんて事が……あると思うのか?」
津田美子は自分に言い聞かせるように言った後、煙草に火をつけた。
「フフフ。あたしは安全な場所で迎えの船を待つつもりだけど、一はどうする? このまま何もせずに……見過ごすつもり?」
根本遥は俺を挑発するように言った。
「ちょっと職員室へ行って、様子を見てくる」
俺が言葉を返すと、根本遥はジャージのポケットから虫除けスプレーを取り出して、俺の胸に強引に押し付けた。
「何かあったら、咄嗟の目潰しになるわ。不意打ちに気をつけて」
ガラス戸を開け食堂に入ると、津田美子が煙を吐き出しながら割り込むように俺を追い越した。
「仕方がない。私が先に行く。職員の二人に何事も無ければ、余計な考えは改めるんだ」
スタスタと前を歩く津田美子の背中を追い、俺は食堂のカウンターを通り過ぎる。振り向くと、すでに根本遥の姿はなかった。
津田美子はドアノブをつかむ前に、白衣で手汗を拭いた。秋月令子に対する僅かな疑念が、緊張感をもたらしているのかも知れない。
ふうっと息を吐き出した後、廊下に通じるドアをそっと開けた。津田美子は息を潜め、物音一つしない廊下をなぜか摺り足で進む。俺は後ろから囁くように言った。
「遊戯室に瀬野くんがいるはずです。ミルクティーを最後まで飲み干していたので……一応ドアを開けて、確認してみてくれませんか?」
「わかった」
津田美子は静かにドアを開け、隙間から遊戯室の中を覗き込む。俺は虫除けスプレーのボタンに指をのせ、思わず息を止めた。
「本棚の前で俯せになって眠ってるようだ。睡眠薬の効果かどうかは、分からないが」
津田美子は瀬野賢児の他に誰もいない事を確認し、静かにドアを閉めた。
「さて、いよいよ次は職員室だな。ま、何事も無いとは思うが……緊張しないと言えば嘘になる。少し深呼吸をしてもいいかな?」
返事を待たずに津田美子は深呼吸を始める。速度が上がる鼓動を抑えるため、俺は左手を胸に当て、ゆっくりと呼吸を整えた。
職員室のドアの前で最後に大きく息を吐いた後、津田美子はドアを二回ノックした。
「会議中失礼する。津田だ」
数秒待ったが返事がない。津田美子はコンコン、コンコンと立て続けにノックした。
「秋月先生! 田中先生! どちらでもいいけど、不在なのかー?!」
津田美子は大声を上げながらドアノブをつかんだが、ノブは回らなかった。
「鍵が掛かってる。不本意だが……嫌な予感がするのは否めない。
だが、秋月先生と田中先生は昨日からほとんど眠っていないはず。仮眠をとってる可能性もあるから……まずは職員が使用する、寝室Cへ行ってみないか?」
「わかりました。今更ですけど、津田先生はまさか共犯ではないですよね?」
俺は少し津田美子と距離を空け、挙動に注意を払って後に続く。
「信じるか信じないかは君次第だが、私は今回臨時で雇われたんだ。実際、二人の職員とは、ほとんど面識が無いんだよ」
津田美子は寝室Cのドアの前で大きく息を吐く。武器のつもりか、右手でペンライトを逆手に握り、左手をそっと寝室Cのドアノブに添えた。
「気を引き締めて行くぞ」
言われるまでもなく、俺は何があっても冷静でいようと自分に言い聞かせた。




