43 ミルクティー
奥のドアが開いて、眠そうな目を擦りながら津田美子が出て来た。右手に煙草の箱、左手に缶コーヒーを持っている。
「おはよう。ここに一人で居たんだ。向かいの席で一服してもいいかな?」
「構いませんよ」
さりげなく津田美子の目元をみると、ろくに睡眠を取っていないのか、疲労の色が見て取れた。
「金田くんと曽我部くんの様子はどうですか?」
「二人とも安定してきたみたいだな。一時は危なかった金田も、大分顔色が良くなってきたよ」
津田美子はそう言って、美味そうに白い煙を吐き出した。
「金田くんはどうして女子トイレなんかに居たんでしょうか? 犯人が首を締めた後に運ぶのは考えにくいし……何か理由をつけて呼び出して――そこで首を絞めた?」
俺の唐突な質問に、津田美子は目を瞑り、そのまま眠ってしまいそうなくらいに間を持たせた後、再び白い煙を吐き出した。
「金田が自主的に個室に籠もったとは考えにくい。やはり場所が場所だから、女子に呼び出されたと考えるのが順当だろう」
「あの時間帯、根本さんは俺と砂浜にいました。彼を呼び出せる女子は、馳久美子と布引真子。そして、もう一人……」
俺があえて名前を出さずに言うと、津田美子は缶コーヒーを飲み干して、短くなった煙草を空き缶の中へ落とした。
「疑いはじめるとキリが無い。人は都合よく物語を作りたがる生き物だからな」
「……曽我部くんが吐き出した物から、何か分かった事はありますか?」
「ふふっ、まるで警察のような質問だな。ここには簡単な検出キットしかないから精密な分析は出来なかったが、吐瀉物から毒茸の反応は出なかった。同じ料理を食べた君も問題ないから、直前に食べた肉野菜炒めに毒茸が入っていた可能性は低い。
やはりそれ以前に体内に吸収されて、徐々に中毒症状を引き起こしたんだろう。幸い程度は軽く、曽我部は快方に向かっている」
津田美子は安堵した表情を浮かべて、二本目の煙草を引き出した。
俺は朝食に出されたミルクティーをポケットから取り出した。蓋を開けて口に含むと、根本遥が出し抜けにデッキの下から現れた。
「ぶっ!」
吹き出したミルクティーが根本遥の顔面に飛び散った。
「酷い歓迎ね。秋月令子が怪しい動きをしていたから、忠告しに来たのに」
根本遥は呆気に取られている俺と津田美子を意に介さず、俺の手からミルクティーと蓋を奪い取った。しっかりと蓋を閉め、数回上下に振った。
「フフフ。どこかに注射針の穴が空いているかもね」
根本遥は袖で顔を拭った後、逆さまにしたペットボトルをぎゅっと握った。
すると――ラベルの境目から、ピューとミルクティーが曲線を描いて飛び出した。俺と津田美子の目が、思わずペットボトルに釘付けになる。
「ミルクティーに睡眠薬でも入ってたんじゃない? 一は吐き出したから大丈夫だと思うけど」
根本遥は砂とミルクティーに塗れた不織布マスクを外して言った。
「訊きたい事が山ほどあるんだが。君は今まで……どこで、一体何をしていたんだ?」
津田美子は一度咥えた煙草を元に戻して、砂塗れの根本遥をまじまじと見つめた。
「フフフ。教えてあげてもいいけど。もたもたしているうちに次の被害者が出るんじゃない? 田中忠が、これと同じミルクティーを飲んでいれば――だけどね」




