40 瀬野の推理
「私は急いで医務室へ向かい、津田先生を呼びに行きました。二人にAEDで蘇生措置を行いましたが……効果はありませんでした」
秋月令子は感情を押し殺すように、静かに息を吐いた。
「……布引真子が僅かな隙に馳久美子を絞殺して自ら命を断った。それが本当なら――凶器を隠す時間は無かったはず。何か物証は見つかったんですか?」
銀縁眼鏡をキラリと光らせて、瀬野賢児が確認した。
項垂れて押し黙っている秋月令子に代わって、田中忠が静かに口を開いた。
「床にピンクの紐が落ちていた。布引はグレーにピンクのロゴが入ったジャージの上下を着ていた。確認したところ……布引がはいていたズボンの腰紐が抜けていた。落ちていた紐は、布引のものと考えて間違いないだろう」
瀬野賢児が眼鏡のズレをクイッと直し、気まずい沈黙を破る。
「フッ、これで一連の事件が一本の線で繋がった。すべては布引真子で始まり、彼女の死でその幕が下りたんだ」
職員たちの視線が自然と瀬野賢児へ注がれる。瀬野賢児は咳払いをした後、顎に手を当て語り始めた。
「まずは船上での御当地弁当喪失事件。僕の記憶では、食いしん坊の曽我部太の後、真っ先にトイレに行ったのが布引真子だった。
みんなの食べるはずだった弁当を海に捨て、その罪を曽我部になすりつける。実際、金田龍人は曽我部を疑っているようだった」
職員の二人は、饒舌に語る彼を息を殺して静観している。
「次に起こったのはカレー鍋画鋲混入事件。どんなトリックを使ったのかは分からないけど――とにかく、またもや食いしん坊の曽我部が被害に遭った。この一件で、ますます犯人の標的が曽我部だと濃厚になる。
布引真子は医務室に運ばれた彼を執拗に追うため、気分が悪いフリをして、隣りのベッドに寝転んで――次の犯行の機会を狙っていたに違いない」
黙って聞いていた田中忠が溜息をついて口を挟む。
「自信たっぷりのようだが、何の裏付けもないし、しっかりと調べたが、鍋の底から画鋲は見つからなかった。もし布引が入れたとしても……曽我部を狙い撃ちできる確実性は低いんじゃないか?」
田中忠の鋭い突っ込みに一瞬怯んだようだが、瀬野賢児はすぐに気を取り直して話を続けた。
「その後、面談前の休憩時間に金田龍人が失踪し、女子トイレの個室で発見された。首には紐のようなもので絞められた痕。
昨夜の馳久美子の絞殺と手段は同じ。首の圧迫痕を照らし合わせれば、犯人の名前は言うまでも無いでしょう」
「布引さんはずっと医務室のベッドで休んでいました。津田先生が常駐していましたし。気づかれずに部屋を抜け出すことは不可能ではないですか?」
秋月令子が口元で両手を組み、冷静に意見を述べた。
「フッ、同じようなシチュエーションで、根本遥がトイレの窓から脱走しましたよね? これまでの状況を踏まえると――津田先生は監視に向かない注意散漫な人じゃないかと、僕は思いますけどね」
秋月令子と田中忠は思い当たる節があるのか、黙ったまま否定をしなかった。
「そして曽我部の毒茸中毒事件。毒茸の毒は、摂取してから中毒症状を起こすまでにタイムラグがある。
布引真子は医務室で、ずっと曽我部の側にいた。そこで予め抽出しておいた毒茸エキスを飲み物か食事にこっそり混ぜる。
結果、彼女のお望み通りに――しばらく時間が経ってから、曽我部は中毒症状を起こしたというわけさ!」
瀬野賢児が得意げな顔で推理を述べると、落ち着き払った田中忠が、自嘲的な笑みを浮かべて言葉を返した。
「そして昨夜の事件に繋がるわけか。確かに、いくつかの事件に布引が関わっているのは間違いないだろう。だが……物事はそう単純に紐解けるものじゃない。実際、瀬野の推理を聞いていると、申し訳ないが穴だらけでフォローのしようがないよ。……きっと真実は別のところにある。今のオレには、さっぱり分からないけどな」




