39 監視下の中で
田中忠が部屋に入って来た。俺はベッドに寝転んだまま心の準備が出来ていたが、就寝中の瀬野賢児は相変わらず寝息を立てている。
目覚めたフリをして田中忠と目を合わせると、改まった表情で口を開いた。
「早朝に済まんな。七時に食堂で重要な報告がある。食堂に洗面があるから、そこで顔を洗って待機してくれ」
無理やり起こされた瀬野賢児はタオルケットを頭に被り抵抗していたが、田中忠に引き剥がされて諦めたようだ。
田中忠を先頭に、後頭部に寝癖がついた瀬野賢児を眺めながら俺は食堂に足を運んだ。
食堂に入ると、ガラス戸から見える広場は水浸しだったが、強い日差しが、くっきりとした影を地面に落としていた。
洗面で顔を洗い、瀬野賢児とともに丸椅子に座る。すでに対面の中央に座っていた秋月令子は、カラッとした天気とは裏腹に、暗雲が立ち込めたような表情を浮かべている。
隣りの席についた田中忠が、ふうっと息を吐き出して、俺と瀬野賢児に目を向けた。
「金田龍人と曽我部太は体調が思わしくないので医務室で休んでいる。根本遥は脱走して行方不明。馳久美子と布引真子は――今から彼女たち二人の、欠席の理由を説明する。朝食はその後でいいか?」
威圧するような田中忠の眼差しに、瀬野賢児は萎縮して頷き、俺も同意した。
田中忠が目配せすると、秋月令子は手元に置いていたペットボトルの緑茶を一口飲んで姿勢を正し、落ち着いた口調で語り始めた。
「それでは今から、参加者の馳久美子さんと布引真子さんがここにいない理由を説明します。これまでにも……御当地弁当の喪失やカレーに画鋲が混入していた事、さらに金田くんの絞殺未遂と曽我部くんの毒茸中毒――様々な、不気味で恐ろしい事件が続きました。
そして……昨夜遅い時間に、私が監視していた寝室Bの部屋で、また新たな事件が起こってしまったんです」
秋月令子は言葉を切り、再び緑茶を口に含んだ。固唾を呑む瀬野賢児の反応を窺いながら話を続ける。
「深夜三時半を過ぎた頃、私は御手洗いを済ませるため監視を一旦中断して、ドアを開けたまま隣りの部屋の田中先生を呼びに行きました。
寝室AとB、両方のドアを開放し、一時的に廊下から二つの部屋を同時に監視してもらうためです。田中先生に快く応じていただき、私は急いで女子トイレに行って用を足し、眠気覚ましに顔を洗って、再び監視の職務に戻りました」
ここまで話の内容に疑問点は無い。俺は秋月令子の勿体ぶった言い回しにもどかしさを感じつつも、心に浮かぶ嫌な予感を振り払った。
「……部屋に戻った後、しばらくして私は異変を感じました。監視を中断する前に聞こえていたはずの――馳さんの小さな寝息が聞こえない事に気づいたんです。
馳さんは頭までタオルケットを被って眠っていました。私は隣りで寝ている布引さんを起こさないように、そっとタオルケットを捲りました。すると――」
横にいた田中忠が話の腰を折るように、ペットボトルのお茶をテーブルの上に置いた。
「ここからは二人とも、できるだけ気持ちを落ち着かせて聞いてくれ。気分が悪くなったら遠慮なく言うんだぞ」
騒ぎ始めた鼓動が、徐々に速まっていく。温い緑茶を喉に流し込んで、俺と瀬野賢児は示し合わせたように大きく息を吐き出した。
秋月令子は俺と瀬野賢児に目を合わせ、厳しい表情を浮かべて話を続けた。
「馳さんは俯せになって……息をしていませんでした。私は悲鳴を上げたくなるのを必死に堪えて彼女を仰向けに。喉元には紐で締めつけられたような痕が残っていて、脈はありませんでした。
……私は息を殺して、隣りのベッドにいる布引さんに意識を向けました。彼女も馳さんと同じように、頭からタオルケットを被りベッドの上に横たわっていたんです。
正直、私は布引さんを疑っていました。監視下の中、目を離した僅かな隙に馳さんを殺めることが出来るのは――彼女だけですから。
私は警戒しながら、思い切ってタオルケットを引き剥がしました。すると――」
静まり返った食堂に、瀬野賢児の唾を飲み込む音がゴクリと響く。
「俯せになった敷布団から血が滲み、広がっていました。布引さんはどこからか刃物を持ち出し、自分の心臓を一突きにして……無言のまま、息絶えていたんです」




