35 毒
駆けつけた津田美子の先に、腹を抱えて蹲る曽我部太の姿が見えた。多量の汗が頭から顔を伝い、畳の上に滴り落ちていた。
「うっ、ぶはッ!」
曽我部太が両手で口を押さえたが間に合わず、嘔吐は防げなかった。周りにいた参加者たちが短い悲鳴を上げ、目を背けて退避した。
津田美子は慣れた手つきで曽我部太の目を開き、ペンライトを当てた。
「毒茸の中毒症状に似ている。一先ず医務室に寝かせて様子を見るしかない。
秋月先生、吐瀉物は物証になるからラップに包んで保管を。すまないが佐藤、曽我部を医務室へ運ぶから肩を貸してくれ」
秋月令子は津田美子の指示通り、掃除用具とラップを取りに行った。俺は呆気に取られている参加者たちを尻目に、項垂れる曽我部太を津田美子と協力して、引きずるように医務室のベッドに運ぶ。
「軽症なら数時間で症状は和らぐ。今日はこのベッドで就寝だな」
津田美子はタオルで曽我部太の額の汗を拭き、安心させるように言った。
遊戯室に戻った秋月令子は手際よく吐瀉物を回収し、消毒処理を行っている。参加者たちは壁際に張り付き、顰めた表情でその様子を眺めていた。
「わたしたちに、ゲロをぶちまけたこの部屋で寝ろって言うの?」
壁にもたれて腕を組んだ馳久美子が、畳を拭く秋月令子の背中を睨みつけて言った。
布引真子と瀬野賢児は息を呑んで秋月令子の返答を待っている。
「参加者の皆さんが一ヶ所に固まっていれば、場所をどこに移しても構いません。ただ、捜索に出ている田中先生と協議してから場所を決めますので、それまではしばらく辛抱してください」
秋月令子は作業をしながら、苛つきを滲ませた声で答えた。
「チッ」
馳久美子は秋月令子に背を向け、再び窓辺に腰を下ろした。
医務室に目を移すと、津田美子が奥のベッドのカーテンを閉め、ドカッと回転椅子に座った。廊下で佇んでいる俺を丸椅子に座るよう手招きし、大きく息を吐いた。
「夕食は肉野菜炒めだったようだな?」
「はい。秋月先生が食材を持って来て、一人で全員分を調理していました。そして田中先生が希望者に、パックご飯を湯煎して振る舞っていました」
「もちろん、職員たちに怪しい動きは無かったよな? 君に訊くような質問じゃない事は分かっちゃいるけど……一応、念のためだ」
津田美子はそっと医務室のドアを閉めて囁き声で言った。段ボールから缶コーヒーを二つ取り出して、診察机の上に静かに置く。
「特には何も」
俺が短く答えると、津田美子は缶コーヒーを開け、グビリと喉に流し込んだ。
「倉庫にある食材の中に茸の類は元々無かった。周辺の森で拾って来るか、あるいは――」
「あるいは?」
俺が問い掛けると、津田美子は肘掛けに両手を乗せ、脱力して背もたれに体をあずけた。
「種類にもよるが、毒茸は食後三十分から三時間ほどで中毒症状が現れる。曽我部太は夕食を食べる前に、何らかの方法で毒茸の毒を摂取していた可能性も有り得るな」
「……例えば?」
「毒茸の毒は熱に強く、煮汁に溶け出した有毒成分も消えずに残る。例えば――予め誰かが液状にした毒を隠し持っていて、飲み物か何かに混ぜておく。気づかずに摂取した曽我部に中毒症状が現れるのは、しばらく時間が経ってから。発症時間が遅くなるほど、毒を入れた犯人の特定は難しくなる。
同じ夕食を食べた他の参加者たちや職員が無事な事を考えると、肉野菜炒めに毒は混入されていなかった。そう考えてもいいんじゃないか? まぁ吐瀉物を調べてみれば、分かる事はいくつかあるだろう」
津田美子は残っていたコーヒーを一気に飲み干し、空になった缶を机に置いた。




