34 メッセージ
「この合宿に参加した子どもたちは様々な問題を抱えていて、人一倍猜疑心が強く、交流を避け、孤独の殻に閉じ籠もっている。
形式的には同じだが、根本遥には何か……他とは違う、異質なものを感じるんだ」
津田美子は頭の後ろで手を組み、回転椅子にもたれた。
缶コーヒーを開けて一口含むと、津田美子は俺の表情を窺いながら言葉を続けた。
「根本遥は恐らく感情に流されて動くタイプではない。脱走した彼女を、君はどう思う?」
「さぁ……たぶん無事だとは思いますけど」
俺が曖昧な言葉を返すと、津田美子は微笑して言った。
「ふふっ、聞くだけ野暮だったかな?」
「……ちょっと靴箱を確かめてきてもいいですか?」
「ん? どうして?」
「彼女が靴を履いて出て行ったのなら、脱走が思いつきじゃなくて、計画的だった事になりませんか?」
「根本遥はリュックを持って医務室に来ていた。中に靴を隠していた可能性もあるわけか。
よし、特別に許可を出す。そのかわり確認したらすぐに戻って結果を私に報告すること。OK?」
「わかりました」
俺はそっと医務室のドアを開け、忍び足で玄関の側にある靴箱へ向かった。
据え付けの靴箱には様々な種類の、参加者たちの靴が並んでいる。俺は記憶を辿り、桟橋の上で根本遥が脱いだ右足の靴を思い出す。暗闇に紛れるにはうってつけの、靴底まで黒い運動靴。
黒い運動靴が一つだけあったが、サイズがバカでかい。恐らく曽我部太の靴だろう。
根本遥は予め自分の靴をリュックに入れ、監視の緩い医務室へ向かい、用意周到に脱走したとみて間違いない。
ふと自分の靴を眺めてみる。淡い期待を寄せつつ靴の中に手を突っ込むと、左足の靴のつま先に、カチコチに丸められた紙屑が押し込まれていた。
俺は周囲を確認し、破れないように、慎重に紙屑を広げた。
【ぴんくT】
小さくちぎったメモ帳の切れ端に、小さな文字が記されていた。
罫線が根本遥のメモ帳と一致している。俺は一瞬で根本遥のメッセージを読み取った。
【ぴんくT】はピンクのTシャツではなく、ピンクは靴の色、Tは画鋲の形を示している。つまり、ピンク色の靴のインソールの下に、画鋲を隠していた跡があるということ――。
俺は罪悪感を正義感で無理やり上塗りして、隅にひっそりと置かれたピンクのスニーカーを引き出した。
腰を落として息を止め、グレーのインソールを捲る。右足の踵付近に、針で刺したような小さな穴が確認できた。抑えきれない鼓動を必死に鎮め、さらに左足を確認する。インソールの下には何かを収納する凹みはあったが、中身が無い。この靴の持ち主が手元に隠し持っているのだろうか。
俺はピンクのスニーカーを元通りに戻して、息を整え情報を整理する。画鋲を持ち込んだのは職員の秋月令子ではなく、参加者の女子――馳久美子か布引真子のどちらかに絞られた。そして根本遥はその情報を既につかんで、姿を消した。
御当地弁当の喪失と金田龍人の絞殺未遂……果たして、複数の事件に関連性はあるのだろうか。
落ち着きを取り戻した俺は、津田美子に根本遥の靴が無い事を伝えるため、ロビーを通り抜けて廊下に出た。息を呑んで医務室のドアを開けた時、突然向かいのドアが開いた。
回転椅子で寛いでいた津田美子が、険しい表情で立ち上がる。
「津田先生! 曽我部くんの様子がおかしいんです!」
取り乱した秋月令子を擦り抜けて、津田美子は遊戯室に飛び込んだ。




