33 ダークサイド
秋月令子は参加者たちの様子を一瞥し、遊戯室のドアを閉めた。
布引真子は心ここにあらずといった表情で、文庫本に目を移した。根本遥の脱走に、少なからず動揺しているようだ。馳久美子、瀬野賢児、曽我部太の三人に動きはない。眠っているのか、狸寝入りをしているのか……。
根本遥が暗闇の土砂降りの中を、闇雲に脱走するとは思えない。何か打算があっての事だろう――と思う。
ドアが開いた。職員たちの協議が纏まったようだ。
「今起きているのは布引さんと佐藤くんだけですね。隠しても仕方がないので話しますが……医務室で休んでいた根本さんが宿舎を抜け出しました。この土砂降りの雨の中、遠くへは行かないと思うので無事だとは思いますが、探さないわけにもいきません。
捜索は田中先生が担当します。人手が足りないので、皆さんは寝室へは移動せず、このままここで揃って雑魚寝をしてもらいます。
夜の見張りは私が担当し、布団は寝室から持って来ますので、安心して就寝してくださいね」
秋月令子は遊戯室のドアを開けたまま参加者たちの監視を続ける。しばらくすると、雨合羽を羽織った田中忠と白衣の津田美子が、人数分の敷布団とタオルケットを運んで来た。
「午後九時になったら消灯します。眠れなくても目を瞑って横になること。身体をしっかりと休ませる事が大切ですからね。
それと、佐藤くん。津田先生が根本さんの事で確認したいことがあるそうなので、医務室に来てください」
秋月令子は俺を呼び出した後、廊下で待っていた津田美子に目配せをし、遊戯室のドアを閉めた。田中忠はすでに根本遥の捜索に向かったようだ。
「就寝前にすまない。根本遥についてちょっと聞きたい事があるから、医務室で話そう」
津田美子は大儀そうな表情をして俺を医務室に招き入れた。
カーテンで隠された右手前のベッドの様子を確認してから、津田美子は診察机の横に立てかけていた折りたたみの丸椅子を広げた。
「ここで座って話そう。とりあえず缶コーヒーでも飲むかい? 温いけど」
「いただきます」
俺はそう答えて室内を確認した。カーテンが開いたベッドの奥に、トイレのドアが見える。根本遥は中の窓を開けて、外に抜け出したらしい。
津田美子は三十本入りの段ボール箱から微糖の缶コーヒーを二つ取り出して、診察机の上に置いた。
「根本遥について。受け取った個人資料から大まかな履歴と人となりは把握しているんだが……保護者の彼女に対する理解が浅過ぎるところが気になっている」
俺の表情を窺いながら、津田美子は缶コーヒーを開けてチビリと口に含んだ。
「……それは俺も同じですけど?」
俺は短く答え、さり気なく床に目を走らせた。診察机の壁際にブラックキャップがあったが、厚みからボイスレコーダーは付けていないようだ。どこかに仕掛けている可能性も拭えないので、俺は慎重に言葉を選んで答えることにした。
「もちろん個人情報だから詳しくは話せないが……保護者が提出した書類には、気配りができて頭も良く、清潔で自立もしている。とにかくベタ褒めに記されている。
一方で、彼女の言わば負の側面――人付き合いを避け、部屋に閉じ籠もり、空想の世界に没頭している点については、理解できずに頭を悩ませているようだ」
津田美子は言い終わると、改めて俺と目を合わせた。
「私も少しだが彼女と会話をし、オセロの相手をして、朧気ながら分かった事がある。
彼女は人と接する時、とても臆病……いや慎重になると言った方がいいのかも知れない。相手が自分にとって敵か味方か。メリットが有るか無いか――。
彼女との会話を振り返ってみると、問い掛けと誘導を巧みに織り交ぜながら、私の生い立ちを丸裸にされたような気がする。
オセロにしても、何だか……実力を測られているような気がしていたんだ」




