31 パンドラの箱
食堂にて――。メモ帳には食堂の見取り図と班分け、職員と参加者たちの様子が簡潔に纒められていた。
根本遥なりの大雑把な所見が、一言ずつ記されている。
――――――――――――
◯馳久美子……舌打ちするクセ。嫌々ながらも与えられた役目を無難に熟す。
●瀬野賢児……従順だが協調性は無さそう。
◯布引真子……真面目そうに見えるが作業は他人任せで消極的。
●金田龍人……不真面目だが一応指示通りに動く。苛つきが隠せない性格。
●曽我部太……ウスノロで不器用。わざとそう見せているような気配もある。
――――――――――――
この後、三班に分かれて作ったカレーの中に画鋲が混入され、おかわりをした二人のうち、曽我部太が被害に遭った。
根本遥の仕掛けていたボイスレコーダーの録音により、秋月令子、俺、馳久美子の三人が作った一班の鍋の底に画鋲が残っていた事がわかっている。
鍋に画鋲を入れる事が出来た人物は誰か。俺は将棋の駒を眺めながら考えた。
①秋月令子……食材の下準備と料理の指導を受け持ち、画鋲の持ち込みも容易。騒ぎを起こしてメリットは無いように思えるが。
②馳久美子……曽我部太の被害が甚大だったら、彼女の希望通りに、合宿が中止になる可能性もあった。
③金田龍人……全員一杯目のカレーに画鋲は入っていなかった。曽我部太より先におかわりをした時、気づかれないように一班の鍋に画鋲を入れた可能性も考えられる。
④曽我部太……自分の装ったカレーに画鋲を入れて被害者をよそおい騒ぎを起こしたかった? あの流血と痛みのほどを考えると、深読み過ぎる気もするが。
いずれにしろ、この中に画鋲を入れた実行犯がいる。その犯人が自ら計画して仕組んだのか、それとも誰かに命令されてやったのか……。
混沌とした疑問の数々を無理やり頭の隅に寄せ、俺は次のページを捲った。
職員室にて――。俺が面談の記憶を元に描いたメモよりも克明な見取り図が、見開きで細かく描かれていた。
壁に掛かった無線機の位置や黒板に書かれたスケジュール。キーボックスの中の鍵の並び。事務机の引き出しの中や机に置かれた書類の種類と位置が、注意書きとともに小さな文字で記されていた。物色した跡をできるだけ目立たなくするための備忘録だろうか。常軌を逸した根本遥の周到さに、俺は思わず息を呑んだ。
さらにページを捲る。【プロフィール】と走り書きした後に、参加者たちの名前と年齢、現在までの略歴が乱れた文字で記されていた。
恐らく根本遥は、職員が面談で使用するために机に出していた個人資料を、急いで書き写したに違いない。
――――――――――――
馳久美子(16)希望学園生徒
小学六年生の時、クラスメイトと些細な事で喧嘩になり、相手をカッターナイフで切りつけた。大怪我をさせ、児童相談所へ送致。
中学でもたびたび諍いを起こし、徐々に不登校になる。
【備考】凶器になるような物を持たせないように、常に注意しておくこと。
――――――――――――
……見てはいけないものを見てしまったような気がした。根本遥のメモ帳を閉じて周囲を確認した。速くなる鼓動を鎮めるため、大きく息を吸ってゆっくりと吐き出す。
リュックから水筒を取り出して、温い麦茶をゴクリと飲みながら馳久美子にチラリと目を走らせる。彼女は物憂げに窓の外を眺めているだけだった。




