30 考察
根本遥のメモ帳を捲ると、初めに参加者と職員の似顔絵、そして名前が記されている。名前の横には年齢と思しき小さな数字。容姿の特徴や気になった仕草を、ページの余白を埋めるように書き加えている。職員たちの名前の横には情報が無いのか、数字は記されていない。
内容をじっくりと集中して頭に入れたいところだが――こんな危険なメモを読んでいる事がバレたら取り返しのつかない事になる。記憶の片隅におく程度で流し読みしながら、周囲に目を配りつつ、俺は次のページを捲った。
船上にて――と書かれたページに、渡し船の出港時刻と【美空丸】という船の名前。上から見た船の略図と、参加者たちの当時の配置が記されている。男子が●、女子が○。職員は秋月令子が△、田中忠が▲で間違いないだろう。
●そ(曽我部太だろう)の下に→で後に定位置が左舷後方に移動した事が記録されている。
▲た(田中忠)は全ての参加者たちが一望できるように、ずっと船首にいたようだ。△あ(秋月令子)はあちこちに移動していたらしく、根本遥は追跡の記録を途中でやめている。(◆参考資料◆に略図あり)
次のページには、見開きで横軸に参加者と職員の記号、縦軸に時系列で参加者たちの行動が簡潔な表で記されていた。
午後十二時半の出港から十分後に、俺が寝落ちしたことが欄外に記録されている。根本遥の抜け目のない性格を現しているようだ。
ウッドデッキで話していた通り、出港から間もなく曽我部太は甲板から船尾の屋内に行き、行き戻りを繰り返していた。三往復した後、午後一時十五分にはベンチで鼾をかいて眠っている。確かに怪しい動きだが、本当に下痢だったのなら、問題の無い行動とも言える。
その後、入れ替わるように布引真子が船尾に行き、五分後に元の場所に戻った。
トイレの残り香はすぐには消えない。直前にトイレに行った曽我部太が御当地弁当をそこで食べたのか、それとも本当に下痢だったのか。布引真子の証言が、御当地弁当喪失の謎を解くカギになるだろう。
布引真子が戻ると、続けて馳久美子、瀬野賢児の順でトイレに行った形跡がある。船尾に行っていないのは、ずっと眠っていた俺と金田龍人だけ。それ以外の人物は、職員を含めてみんな容疑者になり得る。
それとも……この表に載っていない根本遥が船尾に移動して、弁当をまるごと海の中へ捨てた? もし根本遥が茶封筒なら――その考えも排除できない。
俺は将棋の駒を移動させながら、さり気なく周囲に目を走らせた。
周りの人間を困らせて楽しむ程度なら、船上で田中忠が言った通り、愉快犯の仕業なのかも知れない。この後に起こった、食堂でカレーの鍋に画鋲が混入された件に関しても。
だが、同じ流れで金田龍人の絞殺未遂を、愉快犯の犯行と結びつけるには……どう考えても無理がある。そこには、彼に対して突発的な、あるいは元々持っていた殺意があったはず。
参加者たちは皆、平然とした態度を取っているが……この部屋の中に、確実に金田龍人の首を締めて殺そうとした実行犯がいる。
根本遥は俺と一緒に砂浜へ行った後、ウッドデッキで鉢合わせた津田美子とオセロをしていた。この中の誰かを操らない限りは、犯行は不可能だろう。
彼女は早くから参加者たちの地雷を踏まないように、俺に警告していた。用意周到にボイスレコーダーを持ち込んでいた事も含め、何か悪い事が起こることを……あらかじめ知っていたような節もある。
根本遥は敵か、それとも味方か。俺は混乱する思考を一先ず掻き消した。とにかく、彼女の洞察力と抜け目のなさは侮れない。
疑いの目を持ちながらも、新たな情報を手に入れたいという期待を胸に秘め、俺は次のページを捲った。




