29 思惑
【いむしつで休む。メモ帳をこうかん】
紙を見ずに書いたのか、文字がくずし字のように連なっていた。
テーブルの下で、根本遥がジャージの右ポケットにメモ帳を突っ込んできた。俺は自然な動きで首に下げていたがま口を渡す。元々彼女の持ち物なので、問題無く受け渡しが済んだ。
「ちょっと頭が痛いから、医務室に行ってもいい?」
がま口を下げた根本遥が、こめかみを押さえて田中忠に言った。
「秋月先生、根本に付き添って医務室に行ってきます。すぐに戻って来ますので、ちょっと鍋の様子を見ていてください」
食堂を出ていく二人を参加者たちが見送る中、俺はポケットのチャックを閉めて、心の中で根本遥の思惑を探ってみる。
この食堂の中に金田龍人を襲った犯人がいるとすれば、医務室に移動することで、根本遥は単純に距離的な安全を確保できる。
また、医務室に常駐している津田美子は重体の金田龍人に付きっ切り。恐らく監視の目は緩そうだ。医務室に移動した理由はだいたいそんなところか。
メモ帳の交換に関しては、俺の記録した情報にはあまり期待していないはず。強引にポケットに押し込んできた事を考えると――渡したメモ帳の中身を、バレないように確認しておけ、ということだろう。
ボイスレコーダーに続いて、また厄介な課題を押し付けられたのかも知れない。
秋月令子が出来上がった肉野菜炒めを複数の紙皿に盛り付けていく。戻って来た田中忠が湯煎したパックご飯を紙の器に移して、ようやく夕食が出来上がった。
「それでは食事にしましょう。飲み物はペットボトルのお茶を用意しますので、安心して飲んでくださいね」
出来立ての肉野菜炒めと市販のお茶が参加者たちのテーブルに並ぶ。曰く付きのカレーライス以来、まともな食事を取っていなかった参加者たちは、ほくほくの肉野菜炒めを口の中へ放り込んでいく。
俺は念のため、秋月令子と田中忠が食べるのを確認してから、慎重に口に運んだ。
玉ねぎの甘みとカリッとしたキャベツの歯ごたえ、肉の旨味を引き立てるピーマンの心地よい苦み……焼肉のタレで異なる味を上手に纒め、絶妙な火加減で調理されている。予想を超えた美味さに、俺はパックご飯を希望しなかったことを後悔しながら、肉野菜炒めをしっかりと味わった。
時刻は午後八時前。参加者たちは二人の職員に、半ば強制的に遊戯室へ連れて行かれた。
「先ほど予告した通り、今から午後九時までここで休憩すること。眠くなったらクッションで横になっていてもいい。時間になったらちゃんと起こしてやるからな。何か気になる事とか相談がある者は遠慮なく申し出てくれ」
田中忠はそう言うと、入口に近い小さな座卓の前に座った。しっかりと監視する態勢に入ったようだ。
一方、秋月令子は向かいの医務室へ行き、金田龍人と根本遥の様子を確かめに行った。
瀬野賢児は急いで奥の本棚の前に寝転がる。曽我部太も本棚の漫画に興味をそそられたのか、陣取る瀬野賢児を睨みながら本棚を物色し始めた。馳久美子はつまらなそうな顔をして窓辺に座り、布引真子は本棚に目を遣りながらもガサツな男子たちの側が嫌なのか、そろそろと右隅の座卓の奥に座った。
俺はカラーボックスにあった詰将棋の本と将棋セットを取り出して、左隅の奥に座る。座卓に将棋盤を置き、詰将棋の本を広げて駒を配置。いかにも考えているフリをしながら、そっと根本遥のメモ帳を取り出した。
詰将棋の本の上にメモ帳を載せ、ゆっくりと息を吐き出す。罪悪感と好奇心が入り混じった複雑な感情を飲み込んで、俺はメモ帳のページを捲った。




