21 ブラックキャップ
俺は根本遥がクラスメイトの知り合いであること。そのクラスメイトと彼女との間に紆余曲折な事情があって、二人の話し合いに付き添いとして参加したことを伝えた。
「本当にそれだけ? 根本さんのお母さんの話では、あなたが唯一無二の親友だと……」
秋月令子はクリアフォルダの資料に目を通し、田中忠は俺の発言をメモに取っている。
「たまたま俺の電話番号を知っていた根本さんに頼まれたんです。引き籠もりで心配している親を安心させるために、一緒に合宿に参加してほしいって」
「でも根本さんはどうして、そこまで面識の無いあなたを同伴者に指名したのかしら?」
秋月令子は困惑した様子で俺に問い掛けた。
「一人で参加するのは不安だと言ってました。それと、合宿に参加することで、俺の引っ込み思案な性格が少しはマシになるかも、とも言ってました」
俺は根本遥と主従関係が無いこと。そして、二人ともしっかりとした理由があって、この合宿に参加した点を強調して言った。二人の職員が信じるかどうかは別として――。
「……話はよく分かった。君も根本遥も、ちゃんと目的意識を持って合宿に参加したわけだな」
田中忠はノートを秋月令子に渡して、背もたれに体をあずけて腕を組んだ。
「しかし……気味の悪い事件が立て続けに起きた。誰かの単独犯か、それとも共犯か、あるいは別々の犯人がいるのか――」
俺の反応を窺うように、田中忠は鋭い視線を向けた。
「さぁ? 俺は船の上でずっと眠っていて、一度もトイレに行ってませんし、カレーに画鋲を入れても何のメリットもありませんからね。その所為で、期待していたグループワークも中止になりそうで、本当に残念です」
俺は秋月令子に視線を移動し、わざとらしく失望の溜息を吐いた。
「気分を害したのなら謝る。決して疑っているわけではないんだが……。まぁとにかく、この合宿中に君の目標が達成できるように努力するつもりだ」
田中忠は奥歯に物が挟まったような言い方で質問を切り上げた。不味い。ボイスレコーダーを仕込む前に面談が終わりそうだ。
二人の目を盗んで仕込みやすいのは、ソファークッションの隙間。しかし、マイクが塞がって会話が録音できない恐れがある。
俺は首の凝りを解すフリをしながら、ゆっくりと周囲に目を走らせた。するとソファーの端に、黒いゴキブリキャップを見つけた。
「これって何ですか?」
俺は掌に隠したボイスレコーダーをゴキブリキャップの底面に貼り付け、キャップをつかんだ。
「それはブラックキャップっていうゴキブリ避けだ。残念ながらこんな孤島にもヤツはいる。その黒いのも、津田先生が新しく買ってきたやつじゃないかな?」
田中忠が渋い顔で答えると、秋月令子も思い出したように二の腕を擦った。
「他の部屋にも、ちゃんとコレを置いてあるんでしょうね? もし寝る前にヤツを見かけたら、朝まで眠れないかも知れない」
俺は何食わぬ顔でブラックキャップを元の場所に置いた。
ボイスレコーダーを回収するには多少難易度は上がるが、鮮明に音を拾えるはず。あとは根本遥の手腕に委ねるしかない。
「ブラックキャップの設置は、あとで津田先生にちゃんと確認しておくから安心してくれ。秋月先生、時間も押しているようだから、今日のところはこの辺でどうでしょう?」
「そうですね。佐藤くん、引っ込み思案は私にも経験がありますから、詳しくアドバイスできる事があるかも知れません。折角の機会ですから、遠慮なく相談してくださいね」
秋月令子は俺と一緒に職員室を出て、馳久美子を呼びに行った。




