表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偏差値71の妖怪怪異譚  作者: 暮葉畏啓
原始帝と終焉帝による生命の祝宴
PR
9/61

天狗の過去。絶望の淵

譲った、語り手としての僕を。そして成り上がった、怪異としての僕が。故に物語はようやく始まりに至る。誰かの語りが始まる。それは開始ではなく続き。物語の続きである__


__私は死んでいた。すでに死んだはずだった。陰陽師に襲われた私はあの日、和室で死に絶えた。右腕は引き裂かれ、肩から血を噴き仲間も共に滅せられた。だから私はすでに死んでいた。


視線を感じた。額に突き刺さる眼光。そして感じた、生臭い血の匂い。この手に届く冷たい風が。聞こえた心の鼓動が。思い出せる自分という存在が。だから、とりあえずこの閉じた目をもう一度開いてみようか。


「ツグナイ。ワレヲ、ユルセ。」


声が聞こえるとともに私は目を開けてみる。が、見えない。ゆっくりとこの目が周囲の光に慣れ始める。そうして私はようやく私を観る視線の主を確認することができた。


私の顔をじっと観る、鬼の顔がそこにはあった。燃え盛る真っ赤な額に、黄金の眼光。何回りも大きく激しい臭気をまとったその巨体。獣より獣で悪魔より悪魔。これが怪異の頂点。妖怪世界の守護者。大江山の鬼がそこにいた。


どうやら私に何かを求めているようであった。では、何を。私は状態を起こさずに横たわったまま、それでも私はできる限り全ての記憶を辿った。死ぬ前の記憶を。始まりの記憶を。そして語ろう。無口で威圧感のある鬼の傍で瀕死の身ながら、鮮明な記憶と共に天狗の私が。そう、語り手として。


私は代々、この愛宕山の守護者である鴉天狗の長であった。そんな私が長い間この屋敷で暮らしていた時、ある異変が起きる。私の息子、後に愛宕山を統べるであろう我が一族の御曹司が神隠しに会ったのだ。


見当はついていた。山に住まう鴉天狗を神隠しに会わせられるのは怪異の管理側の種のみ。そう、犯人は鬼。分かってはいた。けれど理解と感情は結びつかない。そして当時そんな余裕はなかった。少しでも不審があれば殺せ。そんな命を山に響かせた。私は気の動転を超え気が狂っていたのだ。そしてその日、不運にも山に迷い込んでしまった一人の人間の子供がいた。そいつは私の許可なく他の天狗に匿われていた。神隠しとは無縁。そうその天狗は判断したのだろう。誠に懸命で情のある行為であろう。けれど私はそう思わなかった。


その事は私の耳にすぐ届いた。人間に神隠しを起こすほどの権威はない。それは常識であった。しかし私には通じなかった。一族の会議で人間の息子を神隠しの元凶だと決めた。たった一人の天狗の長の憤怒によってそれは成された。


そして襲った。匿われていたであろう和室の襖を蹴破って中へ入った。怯える子供を蹴り上げた。そいつは一瞬で気を失った。そんな中、笛が鳴った。静かな警告音。その時私は自分の行いに気がついた。奴が来たのだ。妖怪を殺す人間。陰陽師が。


祝詞言葉は毒だった。瞬く間に妖術は封じられた。なすすべもなく駆逐された、我が一族全ての仲間は死んだ。たった一人の女の陰陽師によって。もちろん私も殺された。それが私の中での記憶。最期の記憶。


我に帰ろうか。意識的に意識を返還する。目の前の鬼は以前として私を観ていた。その鬼の奥、女が倒れて死んでいるのが見えた。その骸はまさにあの日の陰陽師だった。


ということは…そうであるならば…


この鬼は、あの女を殺し、死んだ私を生き返らせたということだろう…つまり私を助けてくれた…と。


「お前は私を助けたのか。」


鬼は大きく頷いた。赤い顔をより赤くさせ、まるで子供のように上機嫌になる。私はそれを冷めた目で一瞥する。私は気づいていた。ここがあの和室で全ての騒動の舞台であったのなら、必ずあるであろう遺体が見当たらないことに。


「お前はあの時の、人間の子供か。」


__鬼は答えなかった。けれどそれが答えであった。私は息を吐いた。そして、あまりにも生命が失われたこの和室に冷たい風が吹いてくる。それはひどく悲しげでかすかに残った生命の香りすらも摘み取っていくようであった。


「お前は今も罪を増やしているが、それをお前は償いと呼ぶのか?」


鬼は躊躇した。黄金の目をこれ以上ないくらいに見開いて、まるで世界の始まりをこの目で見たかのように。背中はのけぞり私と鬼の間に距離が生まれる。その隙間を先ほどの風が通り過ぎる。


「お前は人を殺した。そして禁忌であろう蘇生を私に施した。何故罪を重ねた。」


私の追求に鬼は悶える。大きな腕は真っ赤に充血して弛緩と緊張を繰り返すようであった。鬼の大きな胸の鼓動が聞こえてくる。血流が暴走しているのが見えた。


その時、鬼の様子が一変した。私から大きく後ろ足を蹴り上げて距離を取る。そのまま鬼は血相を変えて大きな両腕でその頭を抱える。息遣いは荒く、赤い皮膚を伝う汗は増加する。


私は追い打ちをかけた。


「私を殺してくれ。」


その願望は、私への償いを果たそうとした巨大な鬼の全てを、跡形もなく骨の髄までごっそりと壊して、壊して、壊し切った。


その正義は悪だ。そして悪は罪だ。それを償いと呼ぶには、お前はまだ若すぎる。


なおも風は通り去る。風だけが笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ