さあ消してしまいたいこの伝説世界、遂にNO.1
そのまま大江山に聳える鬼の屋敷をお邪魔した僕。覆面で布だらけの服を着た女性が踊っているのを尻目に久しぶりのご馳走を食べる。僕と一緒に来た鬼どもは大きな盃に酒を注いで乾杯をしていた。騒がしい笑い声から遠ざかろうと食べ終わった僕は廊下に出る。すると配給をしていた大きな蝶から、かのような事を言われる。
「あなた、酒呑童子様を訪ねるのでしょう?」
僕は、はいと答えながら頭をこくりと下げる。
「ならばついて来てください。」
そのまま僕は大きな蝶の背中を追う。虫は嫌いだ、けれどもうこれは嫌いとか言える状況じゃなかった。
「ここです。」
そこは地下だった。石段を降りた先にある大きな鉄の扉。見上げても扉の全体像は見えない。それほどまでに、巨大な何かのための扉という印象を感じた。
「では、ごゆっくり。」
そう言うと大きな蝶は去っていく。僕の鼓動は次第に収まり、心なしリラックスする。僕は虫が嫌いなのだ、特に蝶。
けれどそんなことは言ってられない。今から鬼の頭領、酒呑童子に会うのだ。愚かと言われ罵られるか、無知と言われ虐められるか。
…恐ろしい。
けれど、あの伊吹山の鬼どもが楽しそうに酒呑童子の話をしていた事からしても、そう怖い存在ではないのかもしれない。
その理解のおかげか、その後にゆっくり深呼吸したおかげか分からないけれど、僕は決心がついたのだった、この扉を開けようと。
引き戸か押し戸か。鉄の扉、ところどころ、特に僕の頭上を超えた高さに大きな血塗りがあって、これまた驚く。
けれどやるしかなかった、天狗との話が正しいのであれば、僕は速く聞かないといけなかった、ここの頭領に。
扉は開いた、というより開かれた。僕が押すのと同時に何か神通力のような得体の知れない力で自動で開いたのだ。なし崩し的に僕は倒れながら部屋に入る。起き上がってまず最初に見えたのは大量の本棚だった。
扉が閉まる。扉は閉まる。扉は閉まった。
「ここは、何だ。」
右も左も上も奥も、手前も全てが本で埋め尽くされていた。色とりどりの蔵書。それはさきほどの気持ちの悪い蝶の羽の模様のように、複雑怪奇な空間だった。
あの鬼どもには似つかない部屋だな。
奥に立派な神棚が見えた。榊は新しく、大量の酒瓶で社は隠されていた。
「酒好きで本好きな鬼…それが酒呑童子なのか?」
聞いていた伝承と違うような気もするが。
僕は部屋を巡回する。どこにこの屋敷の頭領がいるのか。
酒瓶に足を引っかけられながらも辺りを歩き潰す。けれど何も、誰もいない。
「あの蝶、間違えたのか?」
けれども今は信じるほかなかった。とりあえず書物を手に取る。
「大江山は鬼の泉」、「伊吹山で鬼と酒盛り」、「鞍馬山の神隠し」、「桂男の生態」。
どれも怪異についてであった。この部屋は怪異の歴史を残した空間なのだろうか。そう考えれば酒呑童子はかなりの博識であろう。あの鬼達が酒呑童子なら知っているというのも納得だ。ますます興味が湧く。
けれど酒呑童子が見当たらない中、僕は二つの謎を抱える。
一つは頭領。鬼の頭領はどこにいる。
二つは神棚。なぜある。
だから僕は悩む。書物の塔に腰を下ろして考え込む。扉は閉まってしまったのだ、もう考えるしかない。
あーだこうだ唱えて、一通りの独り言を終えてから何かに気づき頭を抑えた。
「怪異の王である鬼。その頭領である酒呑童子。」
僕は頭を抱えながら吐き捨てる。
「そんな神みたいなやつが実在するって何で思ったんだよ。」
怪異の王の王なのだ。それはつまり神なのだ。
僕はこの本だらけの部屋を再度見渡す。大量の蔵書。それだけでなく大量の酒瓶。それに埋もれた社。
…そう神棚。
「うあああ」
僕は悟ってしまった、この僕しかいない部屋で。そう、酒呑童子は神なのだ。そして神は時代にもよるが、仏でもあるのだ。
荊芥爺の言う仏は酒呑童子のこと。
ならば伊吹童子が言った、酒呑童子なら心当たりがあるだろうというのは、仏なら心当たりがあるだろうと言う意味。
荊芥爺の見た仏と同じ、つまり夢の世界、つまりそんな者いない。
仏が酒呑童子なのか、酒呑童子が仏なのか。
とりあえず、酒瓶だらけの社に近づいてみる。榊を尻目に、奥で祀られた鏡を見つけた。でも鏡に映るのは僕の顔だけ。
「ならあいつは、鬼どもは…僕にいない奴と話せって言ってるのか。」
…そんなの無理だろ。意味がわからない。
「鬼、やっぱりアイツらも怪異だ。信用できる奴らじゃなかった…はぁ。」
僕は全てを押し付けられたのだ。鬼どもは、見えもしない酒呑童子に会いに行けと僕をこの屋敷に誘い、あとは僕がどうにかするのを待つと。
アイツらが待っているのは僕ではなく、この世界を救うための解決策だけではないのか。
「ちくしょう。」
僕は裏切りへの怒りを募らせる。そのまま身を任せる。ガシャガシャと僕の蹴りによって砕ける酒瓶。僕によって投げ飛ばされる蔵書達。
「ちくしょう。」
投げた書物が社に当たってしまう。備えられた鏡が割れる、割れて砕ける。その音、遠く彼方、鬼の罵声を導く。
僕を…今度は、殺すのか?
鬼の怒号が聞こえてくる…段々、大きく…。
畜生、畜生、畜生、畜生、畜生。
なんで、何で、ナンデ僕だけ。
「ちくしょうがあああ。」
二週目、僕は頑張った、鬼の前でもちゃんと。天狗にもちゃんと立ち向かった、蝶が気持ち悪くても付いて行った。
それなのに…
それなのに、なんで。
1週目耐え切って、二週目に入った。痛くても転落しても耐えて来た。
意味のわからない罰への償いのために。僕が何者かって言うどうでもいい問いのために。
酒呑童子がいなかった?それだけでこんなにも怒っているんじゃない。
肩透かし、いい加減にしろ。
「いい加減に…」
はぁ。
「…してくれよ。」
膝から崩れ落ちる。割れた鏡で指を切る。
なぁ…
誰なんだよ。
こんなことする奴は。
全員敵じゃねぇか。もう何なんだよこの人生。
はぁ。はぁ。
「どうして、僕はこんな目に遭うんだよおおお」
はぁ、はぁ、ははっはぁ。
力尽きていた、頭は沈んで、肩は痛んでいた。それから、それから…
_肉体転送_完了____
何かの音が聞こえた。鬼の罵声ではない、それよりもずっと近くで聞こえる声。聞き慣れた声。
「全てはお前の行動が招いた罪だ。それをお前は今も償っている。」
は?…なんだよ罪って、いつそんな罪を働いたんだ…
「世界と語りを引き剥がしたこと、それがお前の罪名だ。」
…知るかよ。




