群集であれば異常性が発現しないことこそが滅亡の因果だ。
「群集であれば異常性が発現しないこと、それが滅亡の因果だ。」
威風堂々。盃を煽って吐いたその言葉の重みが空間を抑えつける。皆黙り僕も黙らざるを得ない。俯いてただ倒された盃を眺める鬼達。僕は予想を超えた答えに何も言えなかった。一番奥の鬼、つまり伊吹童子がもう一度その盃を煽り床に置いた後まで鬼神達の口が開くことはなかった。
「滅亡の因果だけではないじゃろ。」
荊芥爺は冷めた目で言う。それに呼応するのか僕を乗せてきた赤鬼が言った。
「怪獣どもは愚かだ。それを知った上で、な。仏も嘆いておるじゃろう。」
仏は、この鬼神にとって一体何なんだよ。そう僕は感じてしまう。
するとこれまで声を発さなかった鬼が忠言する。黒く長い茫茫とした髭で、口についた酒を拭きながら飄々と。
「蛾厭、奴らが侵略する以上、ワシらも抵抗せねばならん。」
それは…抵抗するのは当たり前だろ。
「…駄目だ。やつらはラグナロクを図っておる。」
伊吹童子が論理を修正するかのように鬼どもに説き伏せる。
ラグナロク、週末大戦争。世界が終焉に至る原因。そう僕読んだことがある。もしそれが本当なら、いやでも何をどうすれば良いんだ。止められないだろ普通。
「ワシらが奴ら北の怪獣どもの相手をしなければ良い。」
伊吹童子のその言葉に鬼神どもは反論する。荊芥爺は言う。
「みすみす滅亡を眺めろ、と。お前は言うのか?」
蛾厭もまた伊吹童子を睨みに睨んで口を開く。
「それでは何のための土着神だ、ワシらは。鬼の権能をここで使わざるして何に使う。」
大勢の鬼神達が伊吹を睨んで怒りを露わにする中、伊吹は飄々と盃を煽ってそれから楽々と睨み返す。威圧の圧力が身を折り畳める。僕の背中は百年生きた海老のように歪曲した。鬼神達も同様にその威圧に顔を挙げられるものは居なかった。それほどの威圧、それほどの威風。
「世の均衡が崩されること、それが最大の悲劇。戦争をしたとしてどちらが勝っても均衡は崩れる。万年戦争しろと言うのか。」
伊吹の言葉は正しすぎた。皆が睨むのをやめ顔を天頂に上げてから何も無いのを確認し俯く。それだけだった。伊吹の発言は清すぎた、綺麗すぎて華麗であった。故に救いがなかった。
「あんまりでは無いか…それではどうしろと。」
荊芥爺が怒りを露わにしたのか盃を右拳の中に含んだ後、力を含んで砕き割った。その瓦解音に僕は恐れを感じ、動じない鬼神達に僕の心は恐れをなした。
「だから仏に聞いて、お前を読んだ。ワシが待ったのだ、お前を。」
伊吹童子はかのように言った。まるで僕に希望を寄せているかのようで、ともすれば僕に押し付けているかのような言葉。その言葉にとりあえず怯み、僕は心を落ち着かせるために深呼吸してから答えた。
「ここからはあくまで僕の予想に過ぎません。」
僕の言葉に一同が振り返った。鬼神の威光を受けて僕は怯む。けれど、ただ怯むだけでない何かが僕に宿っていたのを感じる。それは興味だ。
「僕は完全に荒廃しきったこの世界に二度訪れ、月に住まう彼らの根城を焼き尽くしたことがあります。」
その言葉に鬼達は口を開いて驚いてみせた。けれども奥、影に隠れた伊吹童子だけは、愚かなことを、とだけ吐き捨てた。だから僕は伊吹に向けて言う。
「馬鹿なことでした。僕はこの手でラグナロクを完遂してしまったのです。」
鬼は再び驚いた。肩を揺らして目をひんむいて。そして今度は伊吹は何も言わなかった、無言であった。
「奴らはバランスを崩すというのが目的ですが、それは戦争を行えさえすれば完遂するのです。そしてバランスが崩れ切った後、世界が滅んだことをラグナロクの結末と結びつけ北欧神話として他世界に吹聴するのです。」
僕の予想は予想でしかなく確認も取れていなかった。けれど伊吹の目は何かを感じ取ったように色が変わった。
「つまり北欧神話の権力を他世界に誇示することで北欧神話による世界支配を引き起こすということか。」
荊芥爺が隣で言った。その通りです、と僕は応える。理解の早い爺がいるものだ。
「僕たちは彼らを殺してもいけない、かといって殺されてもいけないのです。」
僕はどうしようもない答えを提示する。それにまた荊芥爺が口を挟んだ。
「だからお前にこの世界の語り、その主導権を全て移譲させたい。」
そのために待っていたと、ようやく彼はそう言った。




