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活気ある世界で僕は笑う。

死んだ…のか。声が聞こえる。たくさんの声。


視界が暗転していく中で僕は悟った。結末は変わらなかったのだと。ただ、場所が僕の部屋であっただけで、それが天狗の部屋だったことと異なるだけで結末は同じだったのだ。等しい結末。変わらない結果に収束したのだ。つまりは僕が意識を失うという最後。


声は聞こえる。たくさんの声が、いろんな囁きが。


どうやら時空間移動するという始まりも同じらしい。僕は目を開けた。瞑っていた目は開いた。手足の感覚はあり、胸の鼓動を僕は感じた。そして耳から聞こえるたくさんの声。目の前に映る人の姿。それも大勢。


僕はどうやら教室に居たようだった。授業中の。まさに学校の中だった。


学生。ここまで来て真面目に学生するつもりはなかったがどうやら僕は学生をしていたらしい。学生らしく授業中に居眠りでもしていた扱いだろうか。黒板前に立つ髭を生やしたおっさんは白いチョークで描いた世界地図らしきものを指しながら解説していた。ここが日本なのだと。


周りに座る白いカッターシャツに黒い制服のズボンを履いて椅子に座る学生たち。彼らはその教師の話を聞くか、居眠りをするかのどちらかのようであった。大半は後者。居眠りだ。


僕は知っていた。記憶を失っていなかった。そう、僕が天狗に殺されてからのことも覚えていた。


つまり教室は教室でもあの時は廃教室であったことだ。であれば同じ世界線であれど時間が違うのだろうか。


そして僕は今の時間を知ろうと黒板の端を見る。すると今日が8月8日であることがわかった。そして今日は普通夏休みで、休みでないのだろうかと考えて怪しんだ直後、その疑問は解けるのだった。


「これで今日の補習を終わる。明日もまた来い。じゃあな。」


そう言ったのだ目の前に立つ髭を茫茫に生やしたおっさんは。今日は夏休みで補習で学校で授業。どうりで学生は頭の悪そうな奴しかおらず、居眠りが多発していたのだ。


「おい橋本、帰りマック行こうぜ。」


そんな誘いが四方八方聞こえてくる。当然だが僕に知り合いも友達もいない。元の世界ならネッ友がいたのだが。だから補習が終わったらしいことを確認してから教室を出る。そのまま廊下を歩いてとりあえずトイレへ。僕は男子トイレの個室、奥から2番目に入った。


便をするためでない。静かに思考するためなのと安全の確保のためだ。僕は考える、首を傾げて。風はこないし喧騒も遠くで聞こえるのみだった。


まず整理しよう。


あの日のことを。僕が経験したあの8月8日のことを。あの日僕は廃教室で目覚めた。そして目の前で、実体のない影と会話した。お前は不死鳥だと。そして猫の怪異の登場で影は消え、猫の言及のおかげで影の本心も聞いた。


猫の怪異、そう猫又だ。あいつは過去に僕の種族に恩があるとか言って僕に貴重なアドバイスをしてくれた。そして僕は悪鬼だと教えてくれた。僕が悪鬼であったことはそれから一度もないのだが、鬼であることは多かったように感じる。猫又との出会い、それがこの8月8日の最大の奇跡であり出来事だろう。


でも今回は違う。


廃教室ですらないし猫もいない。そう言えば怪異も見当たらない。


それは何故なのか。


考える。考えて考え抜く。


そして閃く、というより思いつく。まるで火花が散るように脳内で何かしらの反応が起きたかのように劇的に、そして明確に。


そう、つまり、今回のやり直しで異なっていることは…時代だと、そうひらめいたのであった。


時代。時間、又の名を時の代わり。時の変化。時の異なり。代わりのものは真とは違う。時の代わりとは真の時とは違うことを意味している、そんな意味を持つ時代。


そんな時代がこの前と異なるっている。それはつまりより簡潔にいうならば、時空間移動した地点の時間が何年か前だということだった。


もちろん世界がそもそも違うというのは考えられる。けれどももしそうだとしても流石にどうして違うだろう、世界がそもそも違うというのは早計で浅はかで、製作者の意図を測れていない。


僕の行動を解釈する存在がいるというだけで製作者らしき立場の存在はいる。だから仕組みの予想ができる。合理的に作られているはずだから。同じ世界にすることで語りやすくなる管理しやすくなる。だからここは同じ世界でただ時代が違うだけだ。舞台は同じで状況を変えただけだ。


だから、僕は扉を開ける。外へ出る。そのまま男子トイレを離脱する。思考は一通り終わった。次は行動に移すべきだ。


世界に逆らっても解釈の範疇に入れられて失う。そして結末は変わらない。このやり方、異端な行動を行うというやり方では意味がない。異端すぎて解釈できなければ僕に被害が出る。それは地獄の悪魔を叩いた時に身に沁みて知ったことだ。かといって異端すぎない当たり前の行動をとっても結果は当然狙った結末に収束する。これでも駄目だ。


だから僕の行動に着目するのをやめる。


僕が行動しなくてもある程度の状況の変化が行われているのだから。現に今でさえ行われているのだ。だから大事なのはあくまで普通に行動した上で最大限世界の粗さを掴むこと。一度死んでも、転落しても僕は今こうして目覚めた。故にこれはある種の死にゲーと捉えるのが正確だろう。


それなら得意だ。ある種の厨二病オタクを舐めてもらっては困る。僕はあの大事件の前はただのオタクだったのだから。当然、ハイファンタジーの死にゲーはやりこんでいる。この僕に任せろよ。


気づくと僕は中庭に降りていた。ため池のような汚い底の見えない池があるだけだが。でもそれでもその池の周囲に生える木々の下に座って夏の暑い中、日陰で涼しい風を浴びるのは気持ちが良かった。


なんせ自分の荷物などない。食料も持っていないのだ。体力は温存しておかねば。


「俺には今、何のテーマというか、試練があるのだろう。何をすればいいのかわからない。」


そうボソッと口に出す。その戯言は夏の風に乗っかって空高く校舎の上を通り抜けていく。


その時僕は見た。ブナの木の下に横たわって空を見上げる僕の目に映った影があった。


その影は小さくて丸まっていた。そう猫の影。僕から遠くて遠くて、手の届きそうにないところにそれはあった。猫はいた。


そう木の上に居た。にゃーと怯えた小さなさざれて鳴くその猫は僕を見つけて鳴くのをやめた。そして目を少し開いて僕に嘆願するようにお辞儀をするように首をさげた。


そう、つまりこれは助けを乞う猫を助けろという指令、試練、テーマ。そう解釈した。


だからたとえ僕が来たるはずの何かに対して、そんな者のための力の温存や木登りができないなどという低俗な言い訳を僕が有していたとしてもそれを僕が言い訳にすることはなかった。あくまでも逆境としてこの身を奮い立たせることにしか使わなかった。詰まるところちゃんと猫を僕は助けたのだ。


右足から幹に足をかけて片足ずつ登っていく。高校生が木登りをするせいか僕がしがみつく木は少しだけであるが微妙に揺れ、その度に猫は身を縮めていた。


臆病な猫である。そして運の良い猫であった。


首元に赤のリストバンドがついているのを確認した上で僕はその猫を床に下ろした。


誰かの飼い猫だったらしい。自由に生きろとは言わないがせめてその飼い主の元で幸せに生きてほしい、そう切実に願う。ちなみに息は上がっていた。体力温存というのは守れなかったようだった。


普通に疲れていた。


猫を助けた、ただそれだけのこと。思いつきというか想定外の救助。計算外の活動。僕に疲労が蓄積したのはいうまでもなかったが、同時に達成感を感じたのも言うまでもないだろう。ああ、確かに僕の心は少し軽くなった。


それだけで助けた甲斐があった。救助した猫はそのまま池を越えて中庭を去っていった。最後に見たのは雑草の束の奥に消えるその小さな尻尾だった。


ありがとうも感謝の言葉もない。けれど心が満たされた気がした。


僕は助けた。邪魔をしたわけでも殺したわけでも因縁をつけたわけでもない。僕は助けた。


良いことをした。


それが僕の心をすうっと広げてくれた。


そして僕は次に何が待っているのかを考えた、待った。これまでの絶望的すぎて喜びのない円観の中でこれだけが、これだけかは知らないが、僕の心が久しぶりに落ち着いたのは紛れもないだろう。


それからそんな達成感を噛み締めながら、夏の風を浴びながら次なる試練を待った。試練がどんな者なのかと疑惑して恐れて願ってそして待った。けれども、なかなかやって来ない。



結局、夜のあいだは何も来なかった。何一つ。影も何も、さっきの猫も何も、そして最後に夜が明けた。


東から出づる日が校舎を照らす様子を目蓋に収めながら僕はため息をついた。


このまま本当に何も起きないのだろうかと。


すると、そうだろうか。たまたまか必然か。たまたまを装った必然か、必然を装ったただの偶然か。けれども僕は出会った。もう一度、それはひどくありきたりな一言から始まった。


「おい、お前下校時間どころの話じゃねえぞ。」


あの補習の時のおっさん教師だった。


「あ、はい。」


おっさん教師はぼうぼうに生えた髭を右の大きな手で掻きながら近づいてくる。


「お前、帰りを逃したのか?」


そいつは言った。そしてその言葉はただの帰宅の意味以外にも何か孕んでいるような気がした。そう、まるで僕がこの世界から去る便を逃したことについてのような。


とはいえ、ようやく会話が始まった。だから僕はとりあえずこう言ってみた。


「あんたこそ僕を見逃さずにちゃんと首輪つけとけよ。じゃないと木から降りれなくて僕が死んじまうぞ。」


男は黙って身を引いた。普通に驚いていたのだ。


「…お、お前。何言ってんだ。」


どうやら人違いのようだったらしい。その証拠に、しっかり影がついていた。

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