さあ伝説になるであろうSF導入冒頭No.−1
糞。フン。糞。いわばクソだった。
なぜそう言ったのか、今の僕にはわからないが、けれども今の僕ならいいそうな言葉であった。ある目的があってもう一度やり直すことを決めた僕ではあるが、それでもさすがに同じことをもう一度するのはクソでしかない。つまりめんどくさいのだ。面倒がくさい。つまり飽きるのだ。
だからそうそう、はやく内容を変えないとな。
ふんふんふん。とりあえず陰気な帰宅途中で上機嫌さを演出してみる。演ってみる。
ああでもでも、それでも世界の動きは変わらない。変わっていない。僕の気づくところでは変わっていなかった。ふんふんふんというのが、冒頭の糞を訓読みでもして怒りを口に出していると解釈されたのだろうか。それなら合理的だし矛盾もないな。偏向報道ならぬ偏向解釈か。
まさに糞糞糞だな。
ああそうだ、時間の確認だな。今日はさしずめ11月22日の放課後。住宅街に包まれたやはりどう頑張っても陰気な通学路。僕はそこを静々と歩いているようだった。日が落ちかける夕方に、陰鬱な学生がいた。僕のことらしい。
自己紹介の必要はないだろう。たとえこれが真の物語の始めになるとしても僕は自分を既に語っているのだから。
語りは時間の流れに逆らう。簡単に回想がはいるし過去話も挿入される。けれどこれは違う。過去という世界に未来の僕が再び舞い降りただけ。回想でもあの日の僕を救うためでもない。ただ観測し直すため。正しい語りを行うため。だから言わば続きでもある。
あくまでも過去の世界。過去という世界。だから事実改変はできないし過去の僕に会うことはできない。
ここは物語的に始まりと呼ばれる世界。でも僕にとっては物語の続きでしかない。だから世界と僕で差が生まれる。世界が想定する僕の反応と実際に僕が反応する挙動に齟齬が見られる。さきほどは解釈の仕方でうまくとりまとめていたけれど、いつまで持つことやら。手始めにしゃがんでみた。電柱の脇で。僕は脇を占めて両腕を前に出出す。下半身に力を入れて、おっとっと、ズボンは半脱ぎ状態にする。誰かに見られてはまずい?見られなければいい。現にあの時はもう少し進んでからでしか人とすれ違わなかったし。
それからしばらくせずともすぐに降りてくるのだ。それから落ちる床に、道路にボトンと。ああ、糞をしたのだ。僕は、便をした。物理的に、物語的には弁をした。この弁は後戻りさせないための弁という意味だ。解釈の範疇では収まりきらない行動がいかに結果を変えるか、世界が変わるかを見たい。それで世界の能力の限度を図りたいから。それから数分経った。
結果は…ここまでして得た結果は、もしかすると普通に捕まる行動で得た気になる結末は。
何も起こらない。ただそれだけだった。
もしかすると、もしかしたら。僕はそう考えてみる。もし、という仮想内容にどれだけに価値があるかはわからない。ましてや、正しい結末を追い求める僕が曖昧な夢の話を行うのも理不尽であるが、とりあえず考えてみる、肘を膝につけて考えさせてもらう。首を傾げて長考させてもらう。もちろんズボンは戻した上で。
答えは出た。便が出ただけでなく答えも出た。これはまたも世界の解釈の範疇に抑えられたのだろう、という答えが出た。理由か、そうだな。理という字を使う理由には適さない幼稚な内容かも知れないがこの際仕方がない。
僕は便をした、大の便を。けれどもそれは糞と呼べるもの。そして、僕が糞糞糞と言っているたから、糞を我慢できない僕が帰り道で仕方なく用を足したのだと、そう捉えたのだろう。
そんな改めて本当に、糞な内容を一通り考え終わってから僕は言う。簡単にはこの結末を変えることはできないのか。それは本当に糞だ、はあ…この野郎、クソッ、と。
はあ…はあ。
クソは一度切り終えて、また僕は立ち上がって、今度は過去の僕の行動を真似てみて、再び帰路に着いてみた。歩いてみる。真似ると言う言葉には、真という漢字が含まれているから、真の結末につながるかも知れない。そういうジンクスを願うわけではないが一定の言い訳につながるだろうから。まあ言い訳するつもりは無いけれど。
僕は歩く。風が後ろから通ってきて気持ちがいい。11月の冬でも今は少し暑かったから。そう厚かったのだ、僕の衣服が。だから暑くて冷風が気持ち良かった。まあ、あついを掛けているだけで面白く無いか、確かになるほど面白く無いね。
はあ、はあ。
自称、彷徨える浮遊霊だったか。浮遊霊と書いてブユウレイと読む。武勇嶺とも読むとあの日言った。そしてそれが自称でしかないとも、さらにそれは誰も僕をそう呼んでくれないからだとも。
今の僕はそれをただの厨二病ではない歴とした自己紹介として成り立つと思う。実際、僕は浮遊霊なのだ。僕という主体は浮いている。ましてやタイムリープしてこの状況から浮いている。霊というのも一度死んで極楽を見た僕からすればよく言えている。そしてさらにそれは全て僕の過去を知っているかつ、今の僕の置かれている状況すら知っている者にしか言えないことだ。そう僕にしか言えないこと、僕にしか出せない言葉。だから自称。自称であって他称にならない。それすら言えている、あの日の僕はすでに。
そしてそれは言え過ぎているとも言えた。あの時の僕はあの時の僕らしくない言い方だったということだ。変に的を射ているというか、何というかおかしすぎる気分であった。もしかすると、あの日の僕ですら…
仮説は過ぎると良くない。それは夢に転じてしまうから。夢は夢であるうちはいい。けれどその夢を信じてしまって、夢を現実に成り下げるようなことがあっては取り返しがつかなくなる。今は…まだだ。
「お母さん、変な人がいるよ。」
懐かしい声を聞いた。
「はじめ、見てはいけません、アレは不審者なんだから。」
懐かしい名前を聞いた。
目の前を通り過ぎる親子がヒソヒソ話す。わざわざ口元を手で覆いながらである。僕に聞こえているなら意味ないっての。まあ、ひどい言われようである。けれど仕方ない。
僕は変なのだから。この世界の訪問者なのだから。
親子のその発言は正しい、的を射すぎていた。
実際は、先ほどズボンを着直す時にチャックが空いていて、さらにカッターシャツがその開かれたチャックから飛び出ていて視覚的にも倫理的にも完全アウトで民事裁判も致し方ない状況であったのだ。それが発言の理由だろう。民事裁判、刑事告訴。不審者で逮捕。身震いする。慌ててチャックを閉める。
そうやって犯罪とか裁判を考えるから僕は不安になる。その物理的証拠かどうか。何故かはわからない、今の僕には分かり得ない、けれども目の前が真っ暗になったように感じた。いや、本当に。感じたではなく実際に。
忘れていた。
柄にもなく本気で、普通に驚いた。
真っ暗になった。光が消えた。
この日を大事件と呼んだその理由を、僕は忘れていて、そしてそれはもう手遅れだった。
闇が空を覆う。夜になったのではなく、今見ればこれがあきらかな怪異現象だと分かった。フェンリルの時と同じで、それでいうと何度も見たようで、そう。気持ちが悪かった。でもそんなことを言う暇もなかった。
「お前は怪異譚を歌えるか。」
「何…怪異譚…?」
「だまらっしゃい。早くこの街から去れ。」
「それは出来ない相談だ。このクソババア。」
「ならあんたは差し詰め人外だ、この畜生が。早く去れと言っている。だから早く去れよ。」
「だそうだ。早く去りやがれ。この人外が。」
その瞬間僕の体は揺れた。まるで大地震が来たみたいに。暗闇で平衡感覚は著しく低下している。当然倒れる。
「う…あぁ。」
「…」
「うわああああああ。」
僕はそのまま倒れ続けた。倒れ続けたのである。床がない。地面がない。風が僕を包む。風を切る音が聞こえる。
僕は一寸先も見えない新月の夜のような濃い闇で落下している。
「払へ給へ清め給へ神ながら守り給へ幸い給へ」
それは綺麗なユニゾンの祝詞でかつ、タイムリープの出入り口だった。
目が覚めるは少し後、完全に気を許していて、そのまま気を忘れていた僕はあの日と同じ結末を歩むことになる。それが物語の真の結末でなく、僕はある種の予想を外して失敗したようだった。些細なことに目を盗まれて大事なことを忘れるのは大罪だ、その証拠に叱責が聞こえてきた。
「お前は馬鹿か、何をやり直したんだ。」
そうだ、そうだ。すまない、ごめんとしか言えない。
「今お前をもう一度タイムリープした。天狗のいる和室ではない、もう一度11月22日の朝、お前が起床するまさにその時にだ。今度は俺の期待に応えろ。」
変な言葉遊びせずに行動をしろ、と後付けしたのを苦い顔をして聞いてから僕は暗い視界を晴らすためにまぶたという思い扉を開いてみた。そこには僕の部屋があった。午前七時と示す掛け時計が視界に入った。
普通の高校生が使うであろう普通の部屋。少し言うなればフィギュアが置いてあるオタク部屋。ただの人間の部屋。僕の過去から続く思い出の詰まった部屋。そして天狗がいない部屋。
どうやら本当にもう一度タイムリープしたらしい。やり直しは一回きりではないのだろう。少し安堵する。また天狗に蹴られて死ぬのはごめんだからな。
まあ天狗の和室とこの僕の部屋の違いは多すぎるし数えるつもりもないけれど、逆に同じところは一つだけある。
部屋という要素。部屋という記号、物語上で使われる状況を一番示してくれる象徴的記号はどうやらあの日も今も同じようであった。
時間も本当は同じだったのか?厳密にはあの日、天狗に襲われる時も時間は午前七時だったのかという話だ。確かめることはできないけれど、もしそうであるならば状況を変える、真の結末を迎えるために「状態」を変えるのは案外難しいと感じた。時間も場所の記号も誰も見当たらない部屋というのも同じだったから。
これから罵倒の声が聞こえて、今度は差し詰め母親にでも腹を蹴られるのだろうか。もしそうだとすると、内容は違えど結果は同じではないか。
そんなもの、やり直す意味などないじゃないか。
階段を走る音を聞いた。ドンドンと火山が噴火するかのように地響きを引き連れてやってくる。背が震える。混乱する。息が荒くなる。恐れた。
僕を呼ぶ声が聞こえてきた。
僕の名前を叫ぶ声が聞こえてきた。
叫ぶ声だけでない、叫び声も聞こえてきた。そしてさらに視界の代わりに、耳が痛くなる。キーンと耳鳴りが突然する。
耳が痛かった。その上で被せられる叫び声と叫ぶ声。それだけがキーンを超えて僕にやってくる。おかしい。これはおかしい。なぜだ。
痛い。辛い。あの時と同じではないか。天狗に襲われたあの日と同じではないか。
今度も蹴られて死ぬのか?
僕は何もできずにただ戯言を言っただけ言って同じように死ぬのか?
誰かがタイムリープさせてくれた思いを裏切って死ぬのか?
誰の思いにも応えずに物語に支配されて殺されるのか?
死ぬのを認めてやってもだ。
痛みを感じない死に方ならまだ良い。けれど何度でも生き返られる代わりに何度でも死ぬ時の痛みを感じる。
死ぬまで背負うレベルのトラウマを、痛みを、吐き気を、苦痛を感じ続けて死んで生き返って、感じ直すことになる。これがやり直しか?
僕が死にたいという嘆願するまで無限に苦しませるのか?
それは誰が願っている?
世界か?それとも僕を導く男か?あの髭男か?
あいつは、影のないあの男は、僕に何を望んでいる?僕があいつに何をしたというのだ。影はないのに、髭はあるあの男は何故。
「何をした、ではない。お前が未来で俺に何をするか、それも範疇に入る。」
何の範疇に…だ。
「償いの範疇に、だ。」
そんなもの…
「お前は死ね。永遠に死に続けろ。そうすれば物語はお前をいないものとして扱う。」
それで誰が得をする。なぜお前が得をするんだ。
「お前はいないほうがいい。現実世界で隠れ生きていても死んだことにはならなかった。ちゃんと死ね。」
そんな…
「答え過ぎたな。さぁ早く…」
「死ねよ。」
幻聴か幻でなく本当だったのか皆目もつかない。けれど僕は必死で、母の叱責は階段を踏むと共に増大してしていて、そして最後に泣いていた。
訳もわからなくて、訳が分からなかった。ここは自分の部屋なのに、絶対安全の居住地なのに、物語には登場しない僕だけの場所なのに、それすらも踏み躙るのか。痛いし辛い。
母が来た。扉を開けて鬼の顔を見せた。蹴りか?僕を殺すのか?
けれどその時にはもう僕は部屋にはいない。窓から逃げる直後だった。母の襲撃から逃亡する直前だった。どうにかして結末を変えてやろうという直前だった。そしてその直後だった。
母は見た。人間である母は見た。実の息子が窓から誤って転落死する様子を。落ちるする様子から落ち切ったところまでをノーカットでフルタイムで。
怒りは驚愕に変わり、最後に悲壮する。
陰鬱な空気はどうも帰り道だけでないようだった。この部屋も同様に、そうであった、陰鬱だった。
コンクリートの硬い道路に落ちる。頭から落ちた僕の頭部は当然、砕けて内容物は砕け散る。砕け散った。
即死に至らなかったのは不思議だったが、視界が暗転する直前、つまり死ぬ直前に母の声を聞いた。
二階の僕の部屋から聞こえる母の叫びを聞いた。
息子が殺されたと、あの日と同じようなことを聞いた。
そして結末も変わらない。ただ僕が辛いだけだった。




