さあ物語から外されたSF終焉終幕No.2
ある世界が一つでも滅べば、その滅んだ事実が他の世界が滅ぶという可能性を裏付けてくれる。一度世界が滅べば連鎖的に世界全てが滅びの道を辿る可能性が生まれる。そんな全世界が滅びるという荒唐無稽な可能性が、実際に一度滅びることで実証されるから。これがこの世界の隠れた規則。そしてこれは世界が滅ぶという内容以外にも有効であるということも明白に理解されている、怪異の間で。
とんでもないことでもたった一度でも起これば、それがこれから先何度も起こりうるという可能性が生まれる。それは意外に意外なところで発揮される事柄と位置付けても良いのかもしれない。
この世界は地獄だ。そしてここは恐怖から逃げた者が償いをするための檻だ。目の前には僕がいた。そして僕はその僕を頬で叩いたようだった。
そんな目の前で痛がる僕は、そのままお腹を押さえたまま狼狽しながらゆっくりとナメクジのように起き上がる。起き上がる。起き上がる。
そうしてゆっくりと顔を上げる。顔を上げる。顔を上げた。
そうして死を悟ったその胡乱な目は、僕に合うことはなく虚空を差し続ける。そう僕の後ろの闇。僕越しに奥にある、あり続ける闇。
奴はこの僕を見ていなかった。
想像はした。この短期間でもいや短期間だからこそ脳を働かせて考えられた。今の僕は物語上の僕では無いのだと。そう物語上の汚点はこの僕でこの僕だったのだと。悪魔は物語上、消されたのか。叩かれたのは僕で叩いたのは何者か。僕だけれども物語は言及しない何者かがやったと語る。語りとして異常がないように。
それならその何者と訳されるこの僕はなんだ。僕を叩いたとしか語られないこの僕は何だ。
一体今の僕は誰だ。禁忌を犯したのか?この僕が物語の秩序を破って。破ったから秩序は戻された。破った犯人は除外して。作り直した意識を、僕を。新しい別の僕を。そうなれば物語上の僕はあの目の前の僕でない僕に託されたというのか。
であればこの僕はどうなる。どうされる。
僕の後ろを凝視していたあの僕は歩き出した。僕の横を通り過ぎてあの闇の中に。僕がもう見ることのできないあの闇の奥に。もう観察できないあの奥に。次の語りを進めるあの僕が闇に消える。背中が最後に消え失せる。あの僕が僕の目の前から消える。消える。消え失せる。
消えた。どこかへ消えた。静かになった。激しく鳴り出すこの心臓の鼓動がうるさくなっている。それだけ。静か。暗い。音もない。匂いもない。灯りもない。
奴が僕の前から消えたんじゃない。そうだ、そう。そうに決まっている…本当にもう決まっているんだ。
捨てた…ー捨てられた。捨てられたんだ、僕は捨てられた。語りという秩序の中で僕が僕に捨てられたんだ。
もう、本当に笑いそうなくらい綺麗に潔く捨てられたんだ。今回は僕に捨てられた。
絶望は静寂の中で漏れ出る。漏れ出た絶望は静寂を維持して、終わらない静寂に今度は耳を壊される。そしていつしか耳だけでなく心も。心は破れて刺されて割れて砕けた。心は砕け散った。
もう僕が僕を僕と呼ぶことすら許されていなかった。
僕が何者かどうか、そんな問いを考えることは許されない。
だってもう気づいた。
少なくとも今は自分がわかる。
僕は何者か。
ああ、僕は、そう。何者だ。
僕は何者という存在だった。初めからそんな存在だった。僕は何者だ。僕は何者だ。語りの秩序を壊した僕は最初から何者という存在だったと語られることになった。そして現に語られた。ただの何者か知り得ない地獄に住まう何者かが僕の頬を爆ぜさせたと。それが僕の登場シーンで退場シーンだ。そんな語りでも、それでも僕は僕の悩みを克服したことになる。
ずっと疑問だった。ましてや呪いでさえあった。僕は何者か。人間ではないと言われた。悪鬼だと言われた。不死鳥だと言われた。今度は鬼だと言われた。そしてそのどれもが微妙に違った。信じればその存在に成り上がることができる。いいや、それは違った。信じる内容は時を超えて維持できない。微妙に変わる。その度に僕は僕の存在を定義できない存在に変える。明確に自分を定義し続けないと僕は僕が何者かという問いに答えられない。
けれど今は違う。僕は何者だと言われた。何者として登場して、何者として退場した。一貫して僕はこの語りの中で何者として君臨し続けた。そう、僕は何者だった。僕は何者か?
そうだ、やっぱり答えはいつ答えても同じになる。僕は何者という存在だ。
僕が何者だと理解したから。そう断定できるようになったから。僕の呪いとも言える自問はここで自答して終焉を迎える。僕の僕を知るための旅はここで終幕を終える。どくどくと音を立てていた心臓の鼓動はやがて落ち着く。誰もいない語られることのないこの舞台外でエネルギーは静まっていく。語りに使われないエネルギーじきに去っていく。あいつが去っていった方向へ。あの闇の向こうへ。
もうここには何も残っていない。そして僕は笑ってみせる。
僕は何者なのだ、という問いに終止符を打てたから、ぼくはやすらぐ。僕の心は成仏する。そのまま消え失せる。砕け散ったこの心は安らいで消える。だからまた笑ってみせる。見せる相手などいないけれど。
僕の影は闇に食われていく。影は世界の闇と同化して僕の影は居なくなる。あの男のように影のない存在になる。僕の影は世界の闇に奪われる。いや、僕の影が世界の闇に転じたのか。けれどそれらは今はどうでもいい。
つまり周り回ってより一層分かりづらくなったけれど、端的にいうと僕は成仏するのだ。
悩みは叶った。影も僕から去った。義務も償いも責任も、そして未来も僕でない僕が背負ってくれた。
そして語りから外れた。
もう僕に残ったものは何もない。何も、ない。それは現実世界のぬるま湯に浸かっていた頃のようで、でもそれ以上にどうしようもなかった。
だから、さようなら、僕。
この両目を瞑って足をたたんで床にひれ伏す。地獄の檻には花が咲いているようだった。目は閉じていても、この指の感触で気づく。
僕は最後の最後に極楽浄土にやってきたのだろう。最後に最後に、僕は沙羅双樹の花畑に身を沈めてそのまま目を閉じる。それを許されたのだ。少し嬉しい。少し悲しい。
心臓の鼓動はだんだんと遅まる。体の感覚は消え失せる。生温かな体温を感じて次第にその感覚も消え去る。無音の灯りのない視界。ここは死界。けれど天界。
あぁありがとう。ありがとうございます。ありがとう。
それきり、だ。それきり僕が僕として語られることはない。もう語られることは決してないと、そう言わせてほしい。そんな僕の独白に今回は教えてくれる。この世界の秩序が僕にささやいてくれる。それは僕の願いを叶えさせてくれる返答で、これ以上、語りの秩序を揺らす存在を成仏させる理由があって、そしてありがたい行為だった。
「お前が、お前が物語で語られることは、これまでもこれからも」
「一切ない。」




