因果調整
この悪魔が何をしたと言うのだろう。僕の目の前で頬を押さえたまま動かない。しゃがみ込んで、うろこが突出したその背中は扇状に丸まっていた。悪魔は己の頬を押さえて、痛がっていた。
かわいそう。
この悪魔が一体何をしたと言う。その疑問に僕は答える。ああ、この悪魔は僕を観察していた。この僕の絶望を観測しようとしていた。だから叩いた。それは悪魔にとっての叩かれるための順当な因果でありけれどもだからといって、そうであるからこそ僕が叩く因果には決してなり得ない。あくまでも因果は悪魔だけのもの。悪魔の観察という行動への制裁という因果が成り立つ。けれど僕が叩く理由が僕にだけない。僕には口実がなかった。だから弁明もない。
あぁそうだ。だから物語としておかしい、そう帰結できる。決して僕と言う存在がここで起こす行動ではない。僕みたいな人間もどきがあの悪魔を打つなど。それは極めて原始的で衝動的。けれども絶望と恐怖のみを感じるであろうこの地獄的環境で命の危険を伴う衝動に屈することは順当な因果とは言えない。つまるところ異常ですらある。
だからやはり僕の因果はない。僕の行動理由がない。異質だ。異常だ。間違いだ。きわめて疑念に満ちていて物語として書き残すほどの正当性も必要性もない。故に外れ値、例外。またの名を物語上の汚点。
僕が悪魔を叩いたという事実。これが物語上の汚点としてかき消されるのであれば、物語を統べる管理者がいるはことを示す。けれどそんなものがいないのであれば物語上の汚点は物語上の汚点として残り続ける。つまり何の矯正もない。これは僕が何者にも縛られていないことを示し、僕があくまでもこの世界の物語を僕の行動によって矯正できる可能性を持つ。僕なりに物語を自由に誘導することが可能になる。
それは、重要だ。
そしてもう一度目線を落とす。そこにはやはりなかなかどうして痛がる奴がそこにいた。頬を押さえて丸くなった状態で。黒髪に小さな体に、羽がない。
羽が、無い?
着ている服も…普通。普通?
運動靴を履いて爪も普通で何よりまさに…
これは、こいつは、僕が全身全霊で叩いたはずの悪魔はそこにはいなかった。代わりに叩かれたまま痛がっていたのは、、、この僕だった。
僕だった僕だった僕だった。そこにいたのは僕であった。痛がる僕だった。まるまる僕だった。頬を押さえて嗚咽を吐く僕だった。




