影男。髭男。
「お前が必要だ。殺した償いは俺がとる。」
誰だ…と思った。何を…と思った。けれど心は確かに跳ねた。
妖怪殺しで有名なカフェ。YGという店内は古い照明で茜色に淡く照っている。木製のアンティーク調の家具が落ち着きを表す。これまでもこれからもここにこの店はあり続けたであろうという、厳かな空間。
人々の談笑に紛れて男の足音は徐々に近づいてきた。最後まで自分に向けたものなのかは確認したくなかった。それは、恐怖と未知への体の対応であろう。肩をすくめて目線をカップに留めた。後ろからずんずん、と近づいてくる影を感じる。
そうして僕の肩に重く大きな手がのしかかる。
「聞いているのか?お前は。」
低い男の声。それは聞き覚えがあるようで、遠い人間のような声で。だから僕は振り向いて顔を見る。
その顔は、その姿は。この古い店内に驚くほど適応していて、つまり顎髭が生えたその顔は深みを感じた、とでもいうのだろうか。キリマンジャロよりも深い。それは確実に確定した事実であろう。この男は深い。それが僕のこの男への第一印象だった。
「まず謝ろう。そして、だ。お前を連れ戻しにきた。」
僕の前の席に座るその男は予想以上に巨躯だった。低く顔を沈めてから誤った後、僕にそう言った。
だから僕はこう答えた。
「あんたは、誰?」
そいつは言う。
「名前を尋ねているわけではないよな。人間か、怪異か、それとも妖精の類か。と言う話か?」
僕は頷いて話を進める。
「お前と同じ類の存在だ。」
それは、なかなかどうして厄介な返答だった。僕と同じ…それは様様な怪異を持つと言うことだろうか…
「あの世界でお前を殺してしまったせいで秩序が乱れた。俺の思う予想とずれてしまってなぁ。お前に戻ってきてほしい。」
僕は…死んだ?
「あぁ、俺があんたを食い殺した。でも安心しろ、それはあくまでお前であって、お前ではない。」
話が…見えない
「お前はここにいるし俺は謝った。それで十分だ。だから戻ってこい。」
一方的ではないか
「いつも世界はお前に一方的だ。それと同じであろう?」
世界が一方的?
「そうだ。地震が起きる時お前の了承を聞くか?お前が生まれる時誰かに頼んだか?勝手に進んで勝手に終わる。これが世界だ。」
まぁ…確かに。でも世界が一方的でも僕に一方的にお前がことを進めるのは違うだろ。
「何故違う?俺は世界そのものだ。世界が一方通行なら俺も一方通行だ。」
その言葉には沈黙が乗っかった。目を少し開いた僕と笑みを見せない澄んだ顔の男。しばらくして男が口を開ける。
「お前は俺と来い。調律者側としてあの世界を正すぞ。」
その言葉は未知に満ち満ちていて同時に僕の心に火をつけた。何故火がついたかって?
言っただろう。僕はあれからずっと退屈だったから。それこそこんなに荒唐無稽な話、信じてみたくなる。
僕は了承の証として握手をする。それから僕とその男は席を立った。
店内から店外に出る時僕はみた。見えるべくして見えた。彼は、その男は、影がなかった。
だからその男の後ろについて行く時。その道中、常に常に考えて考える。
考えるべくして考えた。彼の影は一体どこに潜んでいるのだ、と。
「それはそれは本当にどうでもよくて、どうでも良いが故に忘れ去られることで。誰かには価値のあるものでそれでもお前が知るべきでないこと。それは事実としてそれでもお前の影みたいにひっそりと影のない男とその影はお前についてくるものだ。決して気付いてはならないけれど。決して問いただしてはいけないけど。ついてくるものだ、それはなんだと思う?」
男は僕の前で言う。雑踏にかき消されてすぐに消える。なぞなぞだ、と。彼は付け加える。けれど僕にはそのなぞなぞはただの謎ではない。あの世界のなぞなぞだと感じた。今の僕にはわからない。けれど未来当側に回れるかもしれない。それは僕の頑張り次第でいくらでも、いくらでも変わる。
それはそれは、ということは、あくまでも僕の未来は割れていると言うことであった。僕は苦い顔をして舌打ちをした。




