物語の道筋は修復できずに折れる
「待たせたにゃ、おぬしさま。」
闇が晴れた。闇が去った。闇が逃げた。
「おぬしさま、またあいつに殺されそうになっておったのかにゃ。」
また…?
月面に浮いている僕を猫又は妖術で支える。するすると二人の距離は近づく。僕は猫又に抱きつくようにして一緒に月に降りていく。無風。闇は消えた。妖術で猫又が灯火を掲げているからだ。
「おぬしさま、気づいておらなかったのかにゃ。あれはあの教室のあいつにゃ。」
影…か?
「そうにゃ。あの影にゃ。おぬしさまは闇だと言っていたけれどあれは影にゃ。」
そう…なのか。でも影の目的は僕を殺すことで…
「影は一度この世界に転送していたにゃ。だからおぬしさまと同じように他の怪異よりもこの世界に辿り着きやすいのにゃ。とりあえず間に合ってよかったにゃ。」
でも、それはそうだけれど。闇は…影は、僕を助けて…
「闇はおぬしさまを決して助けないにゃ。思い出してみるにゃ。」
思い出す…低い男の声が…祝詞言葉…
「にゃ。影でにゃかろう。」
あの男の声…どこかで…あの日もそうだったような…
「ん?話してみるにゃ。何かのヒントかもしれないにゃ。」
猫又に抱かれていた僕と猫又はようやく月面に着陸する。そのまま巨岩に腰を下ろし僕は考える。猫又は周りを注意していた。
「11月22日…あの日闇に倒れ続けた時も男の声が聞こえたような…ん?あの日も闇に包まれてから男の声が…まさか…今回の邂逅は初めてではなかったと…」
猫又は依然あたりを見渡しながら体表の毛を逆立てて警戒している。僕は考える。
「11月22日は女の声も聞こえていたし祝詞言葉も聞いた。祝詞言葉は男女二人から聞いたような。」
闇は影のこと…であれば影は11月22日から既にであっていた。だからあの教室では、あいつは意味深に初めましてを言った…なら…影は最初から…あぁ闇は分かり合えると僕に言っていた、なら…あいつは本当に未来から来たのか?…敵だろう…なら…
偏差*血*71のこの僕は昔というほどでもないが久しぶりに思い出すことをする。猫又が安全を守ってくれているから安心して思考できる。今なら僕は…語るのは何も新しいことだけではない…思い出すことも…大切だ。
影は僕と分かり合えると。証明までした。最初から僕の味方だったのか?未来から来たと…僕を殺すために…いや、殺すならいつでもできた。いまでさえ猫又が僕を守っているけれど、昔のまして11月22日は僕を守るためにあの男女から異世界へ逃がしてくれたとも…無傷のまま時空間移動できたし。影は嘘をついていた?本当は僕を守るために…
ならば影が猫又から逃げる理由は?猫又は何なんだ…しかし僕が猫又と盟約を交わしたとか言った時…やつは僕を殺そうとした。いや違うのか?拘束することで僕を守ろうと。なぜ?何故だ…何から守ろうと…
あおれに祝詞言葉…影の言い分は信じてはいけない、あいつは未来の僕だから…うまくいくように動かしているだけかも…なら信じるべきは僕の記憶だよな…殺そうと思えば人間の僕なんか影はすぐ殺せる。だから影は僕を本当はずっと守ってきていた…はず。
なら何から?祝詞言葉…あれは低い男が言っていた。その男は何だ?11月22日に僕を攻撃しようとした男は多分そいつだ。あの時のハリのある女は封怪だろう。天狗のあの和室で僕によって覚醒した僕によって殺された…
あの女はなんて言っていた。陰陽師だったはずだ。なら低い男も陰陽師か?
なぜ祝詞言葉を言う?僕をどうするためだ…僕が怪異だと考えると祝詞言葉は天敵だ。ならなぜ祝詞言葉を…あいつは僕が窮地の時に言うんだ…影、いや闇にさっき襲われていた時も、宮殿で処刑されそうになった時も…天狗に襲われた時も、11月闇に包まれた時も…聞こえた。
もし…祝詞言葉が本当に僕を抑えるためだとしたら…僕を守るためでなく、窮地に追いやられて覚醒する僕の暴走を抑えるためだったら…それは…だとすればあの男の声は…
「想像以上に早いにゃ、想定外にゃ計算外にゃ、おぬしさま。」
猫又はそう言った。僕は顔を上げた。僕の目が対象をとらえた。消えゆくその輪郭。猫又は消えかけていた。
「どうやら、成仏するみたいにゃ。所詮低級怪異にゃ。宿願が叶えられたからかにゃ。」
この世界に蔓延った勢力が衰退したから…か。
「そうにゃ。これでようやく元に戻るのにゃ。巨大勢力が滅んだおかげでじきに妖怪も戻るだろうにゃ。」
猫又…
「そうにゃ。あの盟約はわしが死んでも続くにゃ。そうなることを見越して誓ったのにゃ。」
猫又は消えゆくその姿でそう言う。朗らかな笑みは儚く美しい。二百年生きたこの妖怪は悟り切っていたようだった。
猫又は…
「おぬしの運命は続くにゃ。だから進むにゃ。」
猫又…
星の屑となって体は朽ちていく。成仏するとは、それはそれは幸せなものであろうか。
「さようならにゃ、そしてありがとうにゃ本当に。」
猫又が完全に宇宙の星となった後、僕の前には猫又が開いた扉があった。どこに、繋がるのだろう…か。
全て運命のままに。祝詞言葉も謎の男も影も陰陽師も…
全て全て、僕には簡単なことだ。わかり切ったこと。そう、僕が語らないといけないのだ。




