僕のヒーロー
巨浪が…鋭利な牙、口から溢れる冷気。あのフェンリルがいとも簡単に…いや、そうではない…
闇がフェンリルを締め殺した、が正しいのか。闇がフェンリルの額を全身をくまなく捉えて包み込む。あっというまにフェンリルは暗い闇に捉えられる。そのまま概念なのか何なのか…雄叫びをあげて逃れようとしたフェンリルはそのまま闇に消えた。
それはまるで怪異ではない怪異であるような気がした。
声が聞こえた。
「お前は…俺を信じるか?」
闇はフェンリルを殺した…その声の持ち主は僕が抵抗できないくらいに強い…それは信じられること。けれどやつを信じていいのだろうか。
「お前は今人間だ。月に生身の人間がいれば窒息か凍結で死ぬぞ。」
それは警告でも脅迫でもなく、助言だった。そう感じた…だから、
「わかった、あんたを信じることにするよ。どちらにせよ僕は自分のことすらちゃんと分かっていないのだけど。」
…闇が頷いたような気がした。声が聞こえる、低い男の声。
「まずは猫又…あいつに会うぞ。」
猫又…猫又…
「お前の友人であろう?」
闇が言った低い男の声で。
「いや、違う。」
闇が黙った。
「猫又は…僕の盟友だ。」
闇は黙った。それから言った。
「何か盟約を交わしたのか?」
僕は黙った。猫又に誰にもいうなと言われた盟約に内容は誰にも話さない。
闇は黙ってからまた黙る。幾ばくか時が過ぎたのを心臓の鼓動で気づく。
そうか…とだけ闇は言った。けれど闇はより蠢いて怒りを露わにしていた。僕を中心に闇は埋めいて回る、巡る。
けれどそれでも、この盟約だけは語らない、最後まで。
闇はより一層僕を包み込む。暗い歪みが増えて歪曲した空間になる。その空間に包まれる僕は静かに闇に支配されていった。
…じゃあ死ね。
僕を包み巡っていた闇の霧が僕を捉えて抑える。フェンリルの時よりも、もっと違う痛み。死を感じる闇の中に僕は堕とされていった。闇に塞がれて視界は闇一色。闇が僕を巡る蠢きが僕の聴覚を塞ぐ。何も聞こえない何も見えない何も感じない何も何も…そのまま死んで…うぅ
そんな中。そんな瞬間。その闇を切り裂いた、その闇を切り裂く声が届く、僕の耳に。聞こえないはずの闇に包まれたこの僕に。
「待たせたにゃ、おぬしさま。」




