猫又の、荒唐無稽な語り
これは僕の身の回りで起きた物語だ。だから語り手がいなくならない限り物語は続く。僕は今は人間だ。人間として罪を背負って生きるようあの老天狗に言われた。影にあの世界を救うように言われた。けれどそれは全て僕も納得していることだ。理解ではなく納得。あくまで主体は自分。理由を相手に預けていない、否そう思いたい。だからあくまでもこの選択は、死に行く世界を救いに一人で向かうのは、僕の決断だ。
あの日と同じように教室は変化がなかった。僕が去ってから何があったのだろう。まずは僕の目の前で涙をすする旧友に話を聞く必要がありそうだった。風が僕の髪を靡かせた。チカチカと光る蛍光灯の灯りを背中に、僕は歩み寄る。
「なぁ猫又。」
「なぁ猫又。」
「なぁ猫又。」
返事が聞こえない。ただ涙を啜る音が聞こえる。しゃくりおあげる猫の鳴き声が聞こえる。猫の泣き声だ。
「なぁ猫又。」
僕の目の前でずっと涙を流し続けているのは僕の友人だ、まさしく。そこに違いはない。二つに分かれた尾がそれを物語っている。
応えろよ…僕の友達。
友達、僕の友だち、僕にとっての友達、僕にとってだけの友達。僕にとってだけ…?
「何だにゃ。」
声を聞いた、僕の鼓膜は。
「どうしたにゃ。」
問われた、僕に。
「何で黙るにゃ。」
怒られた、友達に。
「だからどうしたんにゃ。」
また疑問。けれど肝心な言葉がない。
「おぬしは何を求めているのにゃ。」
僕は震える口を押さえながら笑いを堪えながら傾聴する。猫又よ、さぁ。
猫又は鳴きすぐって赤く腫れた目を僕に向けて口をそばめて言う。
「はぁ。おかえりにゃ。会いたかったにゃ、お主様。」
口角が上がる。釣り上がる。そして感じる。
良かった良かった誠に安心した。
僕は胸を撫で下ろす。この世界の胸を全て撫で下ろす勢いで、撫で下ろしすぎて胸を落としそうなくらいに。
安堵した。心から。
「ただいま、猫又。僕も会いたかった。」
こんなめんどくさいことをしたのには歴とした理由がある。
そう、僕は世界を移動するのに成功したとしても時間を調整することはできない。故に初対面か、窮地の知り合いか確認する必要があったのだ。
「さぁ猫又。あれからどうなった?」
この世界を救う。そのためには現況と元凶を知る必要があった。猫又は赤く泣き腫らした顔で僕に説明を始める。
「おぬしが去った後まず月を喰べていたマーガナルムだけでなく、スコルという狼も現れたにゃ。いや…ずっと前からいたそうだがスコルが太陽を捕らえたことでその存在が有名になったにゃ、人間の中で。」
人間の中で…か。怪異はもういないもんな。スコル…こいつも狼か。
「太陽を捕まえたスコルは、そのまま大きな口で太陽を飲み込んだ。陽光は遮られたにゃ。スコルとマーナガルム。どちらも太陽と月を喰らい権能が増加したにゃ。」
どちらも北欧神話。この世界では怪異のバランスが崩れたと言っていた。怪異が逃げたのはバランスが崩れ再起不能となったから、なのか?
「あらかた正解にゃ。世界の調和を長年営んできた管理側の他の怪異は戦争を仕掛けたにゃ。神話や伝承の怪異の上級種も喰われたにゃ。彼らはその戦争をラグナロクとみなして月をくり抜いて太陽を飲み込んで…仕掛けた怪異の動力源は失われつつあったにゃ。桂男や月のうさぎは別の世界へ去ったにゃ。」
終末大戦争…ラグナロクか。北欧神話が世界を支配した…バランスが崩れた理由か。
「我々は返り討ちにあったにゃ。伊吹山の鬼一族が怪異の誇りをかけて、日本への北欧神話の悪魔や神々の侵出は止めたようだがにゃ。けれど世界は事実上一つの神話に染まった。もう死に行くのにゃ。」
伊吹山の鬼…僕の過去も…やはり伊吹山は行く必要がありそうだな。
猫又は前足を前に出して尻尾を揺らす。説明は折り返したようだ。
「けれど世界は死に行く。助けに来てくれたのかもしれにゃいが、勝機はないにゃ。まして人間なr…」
僕はその言葉に重ねて、おおって覆して無かったことにしようと言う。
「今の僕なら何でもできる、できたと言われた、未来の僕に。だから、いやそうでなくとも救う、僕は。」
猫又は目を細めて、無知の子を宥めるように僕に言う。あの顔だ。
「影にか、にゃ?伊吹山の鬼で無理だったのにゃ。おぬしたとえ末裔と言えど相手が悪いにゃ。ラグナロクが始まる前とでは権能が段違いなんにゃ。」
それでも…いや言えない。この世界を口伝いしか知らないこの僕に、この世界を数100年に来た妖怪に屁理屈なんか…それこそ武が悪い。
「おぬしの気持ちは嬉しいにゃ、けれど帰るにゃお家へ。ここは墓場にゃ、人間も妖怪も。」
できれば僕は僕の思いでこの世界を救う、そう猫又に言いたかった。でももう出し惜しみは無しだ。数百年生きた妖怪でもこの情報は知らないだろう。
「この世界が滅べばそれが引き金となり他の世界も道連れに、全て滅びる。そんな仕組みが全ての世界に備わってる。」
返事は沈黙。顔を低く俯いて数分の黙黙。風がさびれた窓を潜ってそれからまた外へ出ていくまで、たっぷりと。
ようやく猫は答えた。
「あくまで急務であるとにゃ?お主の思いだけでないとにゃ?」
…そうだ。
猫又は僕の返答を聞いて決心したのか口を開いた。電灯はチカチカと光った。
「わしが手伝おう。日本の最後の怪異である猫の妖怪が、にゃ。」
…日本最後の妖怪が猫又?鬼は?伊吹山の、鬼は?
「まずラグナロクの復活、戦争の復帰を目指すにゃ。」




