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【相愛・二人の物語】  作者: motomaru
第四章

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空との出会い

「あ〜ぁ、僕も早く彼女でも作ろ、そしたら独り淋しく買物なんかしなくて済むもんな……」


 帰宅途中で立ち寄ったコンビニで、間食の品を物色しながら、充は思わずぼやいた。


 めずらしく一人なのは、いつもいつも希恭たちのお邪魔虫になりたくないからだ。


 二人は何も言わないが、だからといってその厚意に甘えてばかりはいられない。


 レジを済ませて表へ出る。


 そこでようやく雨が降が始めたことに気付いて、充は恨めしそうに空を見上げた。


「雨……降ってたんだ……」


 軒先でどうしたものかと思案していると、後から出てきた人物が隣で傘を開く音がした。 


「あの……よろしければ、お入りになりませんか?」


「えっ!」


 急に声を掛けられ、横を向いた充は驚いた。


 傘を少し掲げて微笑みかけている少女は、眩いほど可憐で、充の視線を釘付けにした。


(かっ……かわいい……!)


「どうぞ」


 少女はもう一度傘を掲げて、柔らかに微笑んだ。


 今度は心まで釘付けになりそうだ。


「あの、でも……」


 見ず知らずの、しかも女の子の傘に入れてもらうなんて、どうしても気恥ずかしさが勝って安易に頷くことができない。


 そのうえ、いくらなんでも、出会ったばかりの女の子の傘に割り込むのは少々ずうずうしいのではないかと、充は躊躇した。


「どうぞ。ご遠慮なく」


「じゃあ……お言葉に甘えて」


 三度も勧められて、これ以上断るのも逆に失礼だと、充は妙な理屈で自分を納得させながら、軒下を離れて少女と肩を並べた。


 まだ成長過程にある彼の背丈は彼女とさほど差はなかった。


「あ、僕が持ちます」


 充は当然のように申し出た。


「ありがとう」


 少女はさり気なく礼を言って、傘の柄を手渡す。


差し出された冷たい柄を握る手が、彼女の柔らかな手に小さく重なった。


 微かな体温が伝わってきた気がして、充の心臓が跳ねる。


 彼はそれをごまかすように受け取りながら、(どうしてこんなかわいい子が、僕なんかに声を掛けてくれたんだろう?)と不思議で、酷く落ち着かなかった。


「私、南原校一年の多岐川空です。あなた紫苑の方でしょう?」


 この辺ではまだ珍しいブレザーの制服を見れば、紫苑の生徒であることは一目瞭然だ。


「はい。僕も一年、の、椎名充といいます」


 そう答えながら、改めて空を見直った。


(そういえば、雛子さんと同じ制服だ)


 充は雛子が着ていた制服を思い出していた。


「あの、多岐川さんはどちらまでお帰りなんですか?」


 初対面の女の子に、いきなりそんなことを聞くなんて、不躾だったかもしれないと、充は口にしてから少し後悔した。


 しかし空は、それを気にする様子もなく、心地良い声で答えた。


「私は駅までです。そこから電車なので」


「そうなんですか」


「ええ。……本当は紫苑に入りたかったんですけど、頭がついていかなくて。――でも、どうしてもこっちの学校に通いたかったから」


 はにかむように俯いて答えた空の横顔に、充の胸がキュンと縮む。


「付き合ってる人でもいるんですか?――あ、その……紫苑(うち)の学校に……」


 またしても余計なことを訊いてしまったと自責した。

 

 けれど、彼女は小さく首を横に振る。


「いいえ、そんな人いません」


(こんなにかわいい子に、彼氏がいないなんて……)


 信じられない気持ちと同時に、胸の奥からじわじわと嬉しさが湧き上がってきた。


「あの、椎名君……お願いがあるんですけど……」


 空は少し言いにくそうに、ためらいながらも充と視線を合わせた。


「なんですか?」


 充は先ほどの無粋さを挽回するように、愛想よく尋ねる。


「紫苑は創立記念にパーティーがあるんですよね?」


「はい。ありますよ」


「チケットを販売するって聞いたんですけど……」


「見せましょうか?」


 そう言いながら、空が自分に声を掛けてきたのはそのためだったのかと、充は少しがっかりした。


「今、持ってるんですか?」


「持ってますよ。ちょっと待って……」

 

 彼は上着の内ポケットに手を突っ込んで封筒を取り出すと、その中からチケットを一枚抜き取って空に手渡した。


「これ、私に売って下さい」


「差し上げます。傘に入れてもらったお礼に」


「いえ、買います。五枚ほど欲しいので。」


「五枚?」


「ええ。友達と私、それに両親の分」


 意外な答えが返ってきた。


 友達の分というのはよくある話だ。だけど、自分の子供と何の関係もない学校のイベントに、わざわざ顔を出す親などいるのだろうか? ふと、そんな疑問が頭をよぎる。


「じゃあ、一枚はサービスします」


 不思議に思いながらも、充は封筒から残りの四枚を取り出して差し出した。 


「あの、今日はお金持ってきていないので、明日お金を渡したいんです。放課後にそちらの校門のところで待っていてもいいですか?」


「そんな、わざわざ来てもらうのは申し訳ないから、僕が行きますよ」


「いえ、私が行きます。行きたいんです!」


「え……」


 空の強い口調に、充は少し戸惑った。


「……あ、その……ずっと紫苑に入りたかったから……ちょっと覗いてみたくて……」


(そんなに紫苑に入りたかったのか……)


「分かりました。じゃあ明日、放課後に校門のところで待ってます」


「良かった」


 空はチケットが濡れないように急いで鞄にしまい込んだ。


 俯いた拍子に、長い髪がサラリと肩を滑り落ちる。


 髪を耳に掛け直す指の上品な仕草が、充の瞳に柔らかく映り、その胸を揺らした。


「紫苑のこと、少し聞かせてもらえませんか?」


「いいですよ」


 充は傘を少し傾けて、彼女の肩が濡れないように気遣いながら、紫苑のことを話し始めた。


「紫苑は男子部と女子部に分かれてて……」


 空は熱心に耳を傾け、ときどき細かな質問をした。


 いつの間にか雨は上がっていて、雲の切れ間から日が差し始めていた。


 それに気づいた二人は駅の前で別れることにした。


「あの……よかったらお友達になってもらえませんか?」


 不意に空から紡がれた言葉に、充は一気に耳まで赤くなる。


「ぼ、僕でいいのなら……喜んで」


 充の答えに、空はとても嬉しそうに微笑んだ。


 何度も振り返りながら駅へ向かう空の背中を、手を振って見送りながら、充は小さく呟いた。


「僕も一目惚れかな……」









 









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