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【相愛・二人の物語】  作者: motomaru
第三章

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自分の知らない佐理

 放課後、佐理はビジルの部室で二木と不可に教頭とのやり取りを伝えた。


二人は黙って聞いていたが、彼が話し終えると、二木が少し強い口調で言った。


「俺たちに何の相談も無しでなぜ勝手に引受けた!?」


「どのみち断れないに決まってる。それなら条件付きで引受けたほうが無難だろ?」


佐理は静かに答えた。


「それにしても30枚は多過ぎる。去年の3倍だぞ、皆、納得しないだろ?」


不可も考え込むように言った。


「それを納得させるのがビジルの仕事だろ? 教頭もそれを見込んで話を持ち掛けてきた……」


「俺は奨学生なんだぞ、俺の分はどうしてくれる? 30枚もどうやって売れってんだ!?」


二木が愚痴ともとれるように言って佐理を睨んだ。


「メンバーの分は他の生徒に割り振ればいい」


「勝手に話を持ち込んで、売れなかったらどうするつもりなんだ?」


さらりと答える佐理に、二木がまた詰め寄る。


「その時は俺が責任を持つ。だけど、あくまでも完売を目標に協力してくれ」


何か目算でも有るのか、佐理の口調にはなんの迷いもなかった。


「お前がそう言うなら協力しなくはないが……見込みはあるのか?」


「勿論。じゃあ、不可は明日の朝、教頭からチケットを受け取ってくれ。それから二木は生徒会長に放課後、体育館に生徒を集めるように言っといてくれ。じゃ、俺は急ぐからこれで帰る」


 そこまで言うと、鞄を手に帰ろうとする佐理に、不可が不思議そうに尋ねる。


「やけに急ぐんだな?」


「デートだよ、デート。野暮なこと聞くな」


「電話の主か?」


冗談めかしに答えた佐理に、今度は二木がニヤリと笑いながら冷やかし半分で尋ねた。


「そういうこと」


佐理も悪戯っぽく笑い返す。


「えっ、嘘だろ!?」


不可が驚いて声を上げた。


「本当だよ。そのために教頭とも昼に話をしたんだから、じゃあな」


 佐理は不可にそう答えると、軽い足取りで部屋を出て行った。


不可は「信じられない」と言うように、二木のほうへ向き直って、


「本当かよ!?」と訊いた。


「ああ、そうらしい」


「篠宮にそんな相手がいるなんて、聞いたことないぞ。二木、知ってたのか?」 


ますます信じられない様子で尋ねる不可に、二木は曖昧な返事を返す。


佐理は男子部では女嫌いで通っていたからだ。


「まあな」 


「誰なんだよ? まさか……小鳥遊か?」


「詳しいことは知らん。あいつは自分のことはあまり話さないからな、だけど……あいつにとって大切な人間らしいってことは確かだな」


 二木は目を細め、佐理が出て行ったドアを見つめながら答えた。


 

 佐理は部室をあとにすると、階段を駆け降りて昇降口へ向かった。


靴を履くのさえもどかし気に足を差し入れ、人差し指を引っ掛けて踵を入れてしまうと、そのまま玄関を飛び出して行く。


 時計を見ると、まだ四時を少しまわったところだ。


 佐理が校門を出たところで、待っていた希恭が彼を呼び止めた。


「佐理!」


 佐理が声のしたほうを向くと、希恭と充、沢村雛子の三人が立っていた。


「こんにちは。怪我はどう?」


雛子が人懐っこい笑顔で尋ねた。


「もう何ともないから、気にしなくていい」


雛子に対して佐理は素っ気なく答え、すぐに歩き出そうとする。


「待てよ佐理。一緒に帰らないか?」


「悪いけど急ぐんだ。人と待ち合わせしてるから」


佐理は面倒くさそうな素振りで希恭の誘いを一蹴した。


「え……待ち合わせ?」


予想もしない答えに、希恭は思わず同じ言葉を返した。


「ああ、これからデートだ。邪魔するな」


佐理は希恭の顔を見据えながら言い放つと、そのまま去って行った。

嘘を言っているようには見えなかった。


「デート……」


 自分の呟いた言葉が、胸の奥を締め付ける。

不意にこみ上げてきた説明のつかない感情が、希恭を強く揺さぶっていた。


「そうよね……篠宮君ならデートする人くらいいるわよね……」


 横にいた雛子が淋しげにポツリとこぼした。 


「そんな筈ない! 佐理は誰とも付き合ってない筈だ……!」 


 希恭は雛子の言葉を否定するように小さく叫んだ。

だが、そこに自分の知らない佐理がいることを認識せざるをえなかった。




 帰ってきた佐理は、マンションの前に人影を見つけて、弾んだ声で呼びかけた。


「大地!」


大地は佐理のほうを見ると、ぱっと顔をほころばせ大きく手を振る。


そんな彼の姿に、佐理は嬉しそうに微笑みを返した。


すぐに小走りに駆け寄り、大地を抱え上げて顔を見合わせる。


「待ったか?」


「ううん、僕も今来たんだよ」


佐理の問いに、大地はにっこり笑って答えた。


「そか、良かった。家、寄るだろ? お兄ちゃんも着替えたいから」


「うん!」


 大地が元気よく首を縦に振ると、佐理は「よし」と言って彼を降ろし、手を繋いでマンションへ入って行った。。


「ちょっと待ってろ、すぐ着替えるから」


家に入るなり、大地をリビングに残し、佐理は急いで自室へ入る。


鞄をベッドに放り投げ、クローゼットを開けた。


制服を脱いでハンガーに掛け、続いて引き抜いたネクタイと一緒に収める。


それから私服に着替えて、最後に制服のポケットから財布を抜き取ると、大地のもとへ向かった。


そこまで5分と掛かっていない。


「さ、いいぞ。これからどうする?」


「僕んち行こうよ。もうすぐお母さんも帰ってくるから」 


「じゃあ、そうしよう」


 佐理は大地と一緒に表へ出ると、小さな歩幅に合わせゆっくりと歩き始めた。


「大地、ちゃんと宿題やってるか?」


 大地へ視線を落として佐理はにこやかに問いかける。


「うん。ちゃんとやってるよ」


大地が得意げに胸を張って答えた。


「偉いぞ。今日は?」


「今日はまだだよ。だって家に帰ってからすぐお兄ちゃんとこに来たから」


繋いだ手を揺らしながら、大地が佐理を見上げて言った。


「そっか、じゃあお兄ちゃんがみてやるから、お母さんが帰るまでにやってしまおうか?」


「うん!」


 元気よく答えた大地に、佐理は優しく頷いた。


「あのね、お母さんがね、このごろ大地は良い子になったって言うんだよ」

 

大地は、照れくさそうに笑って目を伏せる。


「お母さんが言うなら、そうなんだろうな」


「そうかな、お兄ちゃんもそう思う?


大地は嬉しそうにまた佐理を見上げた。 


「いいや、思わない」

 

佐理は少し意地悪するようにわざと視線を外して言った。


「え……」


大好きな佐理に否定され、しょんぼりと肩を落として立ち止まった大地の顔が曇る。


「大地は前からとっても良い子だよ」


そんな大地のようすに、佐理は彼の頭を撫でながら言った。


「本当!?」


 輝かんばかりの笑顔を向ける大地に、幼い日の希恭の姿が重なり、佐理は静かに微笑んだ。


「大地と一緒に居ると、お兄ちゃんも良い子でいられる……」


「え、いつもは悪い子なの?」


「そうだな……あまり良い子とはいえないな……」


屈託なく尋ねた大地に、佐理は自嘲するように呟いた。


「ふう〜ん」


不思議そうに首を傾げる大地は、その意味がまだよく分かっていないようだった。


「そうだ大地、今度の日曜、遊園地に行こうか?」


 佐理が話を切り替えるように大地に言った。


「本当に!?」


「ああ、お母さんには俺から話しとくから、一緒に行こう」


「絶対だよ!!」


「ああ、約束だ」


「じゃあ、指切り」


大地は佐理の前へ回り込んで向かい合うと、小指を差し出した。


佐理はその小さな指に自分の指を絡ませる。


「指切げんまん、嘘ついたら針千本の〜ます」


二人は「指切った!」の合図とともに指を離し、顔を見合わせて笑った。


 その後、佐理はまた水原家の人たちと和やかなひと時を過ごした。


そこは、久し振りに見つけた、佐理の心が安まる居(・)場(・)所(・)だった。



 一方、取り残された希恭は、気持を落ち着かせるように小さく溜め息を吐いた。

無理に笑顔を作り、雛子たちに声を掛ける。


「帰ろう……」


「うん……」


雛子も淋しげに頷いた。


「あ、綾さんは? 待たなくていいの?」


希恭を気遣うよに、雛子が女子部のほうへ目をやった。


「今日は綾に用事があって、先に帰ったんだ」


「そう、じゃあ帰りましょうか」


 雛子の口調は静かだったが、暗いものではなかった。


佐理に素っ気なくされたからといって、いつまでも落ち込んでいるような雛子ではない。


彼女は一見活発で、喜怒哀楽が激しいタイプに見えるが、決して他人に煩わしい思いをさせたりはしない。


むしろ、他人の気持を敏感に感じ取り、それを受けとめるだけの器量を持ち合わせている。


(もしかして……彼女なら佐理の心を少しでも癒してくれるかもしれない……)


 希恭は、そんな彼女に頼もしささえ感じて、淡い期待を抱き始めていた。


 しばらく黙ったまま歩いていた希恭が、思い切ったように口を開く。


「あの、雛ちゃん、俺……君に言っとかなきゃいけない事があるんだ……」


雛子は希恭の顔を見上げると先を促すように頷いてみせた。


「俺、今……佐理とあまりうまくいってないんだ……」


「そうみたいね」


淋しげに俯いた希恭を見て、雛子は静かに言った。


「分かるの?」


希恭は少し驚いて彼女を見返した。

他人には気付かれないようにしているつもりだった。


「うん、篠宮君のようすで何となくね。」


「そっか……。それで、この間あんなこと言ったけど……正直、君のことどれだけ応援できるか……」


「あ、そんなこと……気にしないで」


雛子は笑顔を返す。


「別にうまくいってないなら、ないでいいじゃない。無理にあの人に関わることないよ。そのほうがお互いのためだと思うけどな……」


 それまで二人のやり取りを黙って聞いていた充が、唐突に割って入った。


「いや……俺には分かるんだ、あいつ……無理してる……」


「無理!?」


 充は思わず声を漏らした。

彼にはどう見ても、佐理が自分を偽っているようには見えないからだ。


「佐理は……本当はとても優しくて……人一倍、淋しがり屋なんだ。それなのに、今のあいつはまるで正反対のふりをしてる。何か理由があるはずなのに、俺にはそれが分からない……。これでも親友なのかって情け無くなるよ……」


そう言った希恭がふさぎ込んだ。


それを聞いた充は、希恭の人の良さに溜め息を吐く。


「あの人が何を考えているか分からないのは、いつものことだよ。恭兄がそんなに気に病むことないと思うけどな、それに……」


充は雛子のほうをチラッと見て続ける。


「あの人、恭兄のこと……憎んでるようにしか見えないよ……」


充は少し声を落として、希恭を見つめた。


「俺は……佐理に酷いことをさせた。だから……佐理が俺を憎んでも仕方ないことなんだ……」


 充には希恭の言う意味が分からなかったが、それが佐理の手首の傷と何か関係があることは容易に想像できた。


「あの……こんなこと聞いていいのか分からないけど」


 雛子が希恭のようすを窺いながら言った。


「ん、何?」


「この間……傷の手当てをした時、篠宮君の手首に傷痕が……」

 

 希恭はギクッとして一瞬、立ち止まった。 

が、またすぐに歩き出して、言葉を絞り出す。


「あれ……俺のせいなんだ。……ごめん、理由は――言えない……」


「謝ることないわよ。……それで篠宮君とうまくいかなくなったのね?」


希恭は雛子の問いに頷くと、遠くに目を遣った。


「だけど、俺は信じてる……」


雛子は希恭の顔を見つめている。


「いつかきっと……また佐理と笑い合える日がくるって。きっとまた、あいつは心を開いてくれるって……」


(そうだよ……あんなに心が通い合ってたのに、分かり合えないはずがない。――だから、俺は待っていなくちゃ……あいつが戻ってくるのを待ち続けていなきゃ、でないと……あいつが、あいつの心が還る場所《ところ》が無くなってしまう……)


 希恭は空を振り仰いだ。


その顔は、佐理に「早く戻ってこい」と言っているかのようだった。


















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